• はてなブックマーク
  • RSS
  • Line

物語のある、ニューフェイスな文房具

2021.05.18 Tue

17番目の物語

静けさを感じ、深い思考へと入り込む。クリエイター発想のノート「静寂文具」

取材・文:沼田佳乃 撮影:YUKO CHIBA

「月刊MdN」の元編集長と「MdN」のアートディレクターがタッグを組んだクリエイター発信の「静寂文具(しじまぶんぐ)」。第1弾として登場したのは、思考を深みへと誘う機能的で、自由度の高いノート。工業製品のような落ち着いた佇まいがかっこいい!

“考えることを邪魔しない環境”を追求した新感覚のノート

2021年に誕生したばかりの「静寂文具」。クリエイターにおなじみの雑誌「月刊MdN」の元編集長で現在はビジュアル・ディレクションを軸としたクリエイティブ・プラットフォーム「五叉路」を運営される本信光理さんと、MdNで長年アートディレクターを務める木村由紀さんがタッグを組んだ文具ブランドです。第1弾で登場したのは、余計なものを排除し“集中して考える”というただ1点にこだわって作り上げた「静寂ノート」。思考を整理したり、アイデアやひらめきをメモするのにぴったりのノートで、カラーは「Grey+Yellow」「Beige+Blue」の2色展開。

クリエイティブな現場で働く人が考えた文房具ブランド

「静寂文具」の開発ストーリーについて、本信光理さんと木村由紀さんに話を伺いました。

──「静寂文具」は、どのような経緯で誕生した文房具ブランドなのでしょうか?

木村 私は普段、MdNの企画・制作部で、本や雑誌のアートディレクションを担当しているのですが、昨年、会社の方針で文房具事業を立ち上げることになり、プロダクト開発を任されたんです。なにを作るか考えたときに、せっかくなら自分も欲しいものでありつつ、仕事などで集中して考えごとをする人にとって役立つものでありたいと思って、まず思い付いたのがノートでした。どういうプロダクトがいいのかは漠然と頭にあったので、それを実際にできるか試作を重ね、まずは作れるかどうかの見通しをつけました。ただ、商品そのもの自体を作ることができても、ブランドとしての世界観を1人で作り上げる自信はなかった。そこで相談したのが、かつて「月刊MdN」をともに作ってきた本信さんだったんです。

本信 サンプルを見たときに、「おもしろい」と思いました。いわゆる文具好きが考えるノートではなく、工業製品的な趣が独特。木村さんのデザインは雑誌などでもいつも潔いんです。いいと思ったら、余計な装飾とかを入れずに全力でふってくる。僕もわりとそういうタイプだから、このノートに関しても、彼女の気持ちをきちんと理解すれば、世の中に届く商品を作りやすいと感じました。あとノートのような文具で、実際に仕事でゴリゴリと使っているアートディレクターと、自分みたいな編集者が開発するって実はあまりないと思うんです。実際に仕事で使う人の気持ちがわかっている。そういう意味で言えば、中身を考える木村さんと、ブランディングを考える僕という組み合わせは、ケミカルな状況が起きやすい関係性ではないかと。木村さんの「人がものを考えるときにすごく集中できるノートなんだ」という考えをヒントに、自分なりに世間に対して必要とされる切り口を考えてみることにしたんです。

──「静寂文具」というネーミングはどのように決まったのでしょうか?静寂と書いて「しじま」と読むのですね。

本信 いろいろと候補はあったのですが、いちばんしっくりきたのが「静寂(しじま)」という言葉でした。辞書で引くと、物音がなく静まり返っている様子のほかに、「口をつぐんでいるからこそ静かな状態」という意味があるんです。能動的な静けさというのが、自ら入り込んで集中する状態を作り出すというこのノートにまさにぴったり。本来はひらがなにするべき言葉でしたが、ノート自体がわりと硬質なので、漢字でかっちり見せるようにしました。

──コンセプトとしては、集中して何かを生み出せるノートという認識ですか?

本信 クリエイションするかは人にもよりますが、“思考を深めること”に重きを置いています。静かに物事を集中して考え、自分の思考を書き留めていき、ノートを鏡にしながら、自分の中の本当に話したいことと対話するようなイメージですね。“考えることのあらゆるノイズを取り除きたい”という強い思いが木村さんにあったのですが、まさにそんな感じです。僕がものを考えるときも、音もなにもない断崖絶壁に立つようなイメージがあって……。いろんな情報を自分の中にインプットしたら、一旦全ての情報を遮断した場所まで行き、答えをなんとか掴み取る。それもまたひとつのイメージでした。

無駄を削ぎ落とし、書く、描くことも思考させてくれる

──コンセプトを伝えるために工夫したことは?

本信 静寂ノートは、本当に無駄を排除した工業製品のようなルックなので、そのままだと無機質な印象を持たれてしまうかもしれない。そこで、表紙に風景のシールを貼ることにしました。それも何かを捉えようという気持ちがなく、静寂文具の世界観と合うような意図が排除された写真。本当に静かでフラットにものを考えられるような状態をイメージさせることで、そういう気持ちで使うノートなんだと共感してもらいやすい。木村さんがいくつかイメージにあう風景写真を探してきて、それが篠田優さんというフォトグラファーの方の作品だったのですが、利用を快諾してもらえて。この“写真でイメージを作っていく”という方法は、その後もWebサイトを含め考え方の基調になっていきます。

──それでは、具体的に「静寂ノート」のこだわりを教えてください。イエローとブルーの用紙というのがノートとしては珍しいですね。

木村 とにかく、“考えること以外のあらゆるノイズを取り除きたい”という思いからいろんなものを削ぎ落としています。判型は、縦横関係なく、できるだけのびのびと考えたかったので正方形にしました。サイズ感はもちろん大きいのもいいですが、持ち運ぶことを優先して携帯しやすいサイズ感に。

中面の紙の色は、イエローとブルーの2色にしました。ムダを削ぎ落とすと“黒い表紙に白い紙”という考え方もありますが、白い紙っていわゆる表面的なシンプルさのような気がしていて……。白い紙に黒いペンのような濃い色のペンで描くとコントラストが強く、静寂文具が目指すものとは違っていたというのもあります。書いたときのコントラストが醸し出す雰囲気とか、表紙と用紙の配色も自然にノイズなく入っていける環境を作りたくて、イエローとブルーを選びました。そして、普段見ない色が考えるスイッチにもなる。刺激を与えるというより、ナチュラルにそれを開くと考えがスルスルと出てくるような、考えるのを邪魔しない環境っていうものを突き詰めた結果です。

──方眼にした理由は?

木村 私自身がアイデアを出すときに絵も文字も両方書くので、方眼の方がよかったというのが大きいですが、今って、勉強的なノートの使い方だけではなく、ノートというものの使い方の自由度が上がっていると思うんです。方眼だと、文字でもグラフィックでもどっちでも描きやすい。

本信 そうそう。罫線だけが引かれたノートって、文字を書くことを思考させるけれど、今の時代は文字だけを書くために紙というツールを使うという必要性は下がっているんじゃないかな。だとするならば、罫線よりも方眼の方がノートとして使う上で汎用性が高い。無地だとそれはそれで目的を持ちづらい。ベースとなるガイドとしての最低限の方眼という感じです。

──表紙の素材はなぜPVC(ポリ塩化ビニル)に?ちょっと冷めた感じのニュアンスがいいですね。

木村 持ち歩くことを前提に、丈夫で汚れに強い素材がよくて選びました。PVCの強さが欲しくて、できるだけフラットな素材を集めてもらい選んだものが、実は何も施されていない素材だったという(笑)。工業製品のようで、結果、硬質なブランドイメージと同じ方向を向いたのでよかったです。

表紙の風景のシールはもちろん剥離シールにしてありますよ。付けたままでも剥がしてもいい。あとは、水平に開くのもこだわりです。2ページまたがってメモを取れるので、どんどん考えが思い浮かんだときに隣のページにも段差なくすらすら書ける。

本信 で、最後の最後に入れたのが表3(裏表紙の内側)のロゴ。

木村 シールを剥がすと本当に何もなくなってしまうので、また買いたいと思ってくれた方に向けて、本当に商品としての最低限の情報としてロゴを入れています。

本信さん:インクは銀と黒を混ぜたちょっと暗い銀。しかも、目立ちすぎず、見えなすぎない1度刷り。この色を選んだのが、木村さんと僕の人間性を物語っているかもしれません(笑)。

ジェネラティブアートも取り入れた、ティーザーの仕掛け

31日間連続でアップしたティーザー
31日間連続でアップしたティーザー

──「静寂文具」は、ティーザーの仕掛けも魅力的です。

本信 スタートの段階でなにかやらないと静寂文具に気付いてもらえない。なので、SNSで毎日1つ31日間連続でティーザーを仕掛けました。ちょっとでも気付いてもらいたいという気持ちと、あとは単純な遊び心です。もちろん31個も作るのはかなり大変でしたが、効率だけ考えていたら世の中の受け取り方も固い感じになっちゃうし、1日1つビジュアルをアップしていく遊びが、制作者側も楽しいし、言ってしまえばムダみたいなところが、このノートの余裕さというか、かっちりとしているけれど怖いものじゃなく、ユーザーフレンドリーな遊びあるものとしても見えて欲しという気持ちもありました。

──ティーザーには、アート作品のような静止画・動画も使われていますね。

本信 ジェネラティブアートのことですね。プログラミングで生成されるグラフィックのことです。イラストも考えましたが、人が静けさを描いたものだと作為的過ぎる気がしたんです。最低限誰かの意図は入らざるを得ないけれど、なるべく入らずに作り出せるものとしてジェネラティブアートがぴったりだった。

木村 風景写真をメインビジュアルに据える手法はよくあるけれど、静寂文具はいわゆるナチュラルさを求めているわけじゃない。そういう部分を打ち消したいのと、私自身、アイデアを練るときはわりとロジカルに詰めるので、その感じも残したくて「人が作り出した気配がしない」、でも「プログラミングという数理的に生み出された」ジェネラティブアートを使いたかった。かなりシンプルな作りにしたので、あくまで商品のメインは風景写真、キービジュアルにジェネラティブアートもあるという状態です。

本信 今のブランディングのビジュアルって、1つ強いものがあって、そこに全てぶら下がっていくというより、もう少し解釈の幅があって、そこから広がっていく時代だと思う。写真も使えば、ジェネラティブアートも使う。核は1つあるけれど、アウトプットは柔軟にいくつもあるという方が今の時代にあうブランドのあり方なんじゃないかな。

──それでは最後に、今後の展開を教えてください。

木村 この静寂ノートが静寂文具の代表的な商品だと思っているので、静寂ノートのサイズ違いとかでしょうか。ノートが1ページずつ切り離せるので、ストックしておけるペーパーホルダーみたいなものもありだと思います。ノートと一緒に使えるものも考えたいですね。

本信 僕は、意外といろいろなものがいける気がしてる。僕自身、考えるためにムダを削ぎ落としたステーショナリーなら、シャーペンでも筆箱でもなんでも欲しい。今は、どこか妥協しながら買っているものがほとんどなので、静寂文具でラインナップを作れたら自分でも気持ちよく買えそうです。そういうラインナップが世の中にも求められているのではと思っています。

ティーザーギャラリー

読込中...

Follow us!

SNSで最新情報をCheck!

Photoshop、Ilustratorなどのアプリの
使いこなし技や、HTML、CSSの入門から応用まで!
現役デザイナーはもちろん、デザイナーを目指す人、
デザインをしなくてはならない人にも役に立つ
最新情報をいち早くお届け!

  • Instagram