天然の鉱物を砕いて作る、日本画絵具の神秘 第三回/喜屋 〜自家製岩絵具編〜 | デザインってオモシロイ -MdN Design Interactive-

天然の鉱物を砕いて作る、日本画絵具の神秘 第三回/喜屋 〜自家製岩絵具編〜

2018.12.16 SUN

似て非なる画材、この差って何?
あべちゃんのサブカル画材屋 紀行


天然の鉱物を砕いて作る、日本画絵具の神秘
第三回/喜屋 〜自家製岩絵具編〜

都内近郊に点在する画材の専門店をめぐる連載企画。大型店ではカバーしきれないマニアックな商品と知識を求め、イラストレーター兼ライターの筆者が専門店に潜入します。今回訪れたのは、東京・湯島の日本画画材専門店「喜屋(きや)」。日本画画材の専門店は珍しくないけれど、喜屋の最大の魅力は親子で受け継がれる手作りの岩絵具。天然の鉱石を砕いて作る、岩絵具の魅力に迫ります!

(取材・文・イラスト:阿部愛美)

<<< 第一回目「鳩居堂本店」〜筆編〜
<<< 第二回目「伊勢半本店」〜紅(べに)編〜
>>> 第四回目「ならや本舗」〜墨編〜
>>> 第五回目「うぶけや」 〜はさみ編〜

>>> 第六回目「山形屋紙店」 〜和紙編〜
>>> 第七回目「インクスタンド」 〜カラーインク編〜
>>> 第八回目 「ラピアーツ」 〜額縁編〜


まるで宝石店! 魅惑の日本画画材店に潜入

店内に所狭しと並ぶ、色とりどりの瓶、瓶、瓶——。
中に入れられているのは、天然の鉱石だ。孔雀石やアズライト(藍銅鉱)、トルコ石、辰砂(しんしゃ)、ラピスラズリ……。宝石に興味のある人ならば、どれも聞いたことがあるはずだ。けれど、ここは宝石店ではない、画材店なのである。

東京都文京区に位置する日本画画材店「喜屋(きや)」。
JR御徒町駅の北口を降りてにぎやかな春日通りを湯島駅方面に歩く。上野広小路駅を過ぎて右に曲がると、不忍通りより手前の通りに喜屋はある。

外から店内を覗くと目に入るのは、通路脇の棚にびっしり置かれた瓶と、中に入れられた色とりどりの岩絵具(いわえのぐ)。

まるで、壁一面が大きな色見本帳のようだ。


日本画の絵具、岩絵具とは?
かなりの量だが、一体何色あるのだろう。

「瓶に入った岩絵具だけで3000色以上はあるでしょうね。袋入りを含めれば、それ以上です。ただ、人工的な絵具も多くありますから、天然だけなら数百色でしょうね」と、説明してくれたのは、喜屋3代目店主の松下満(まつした・みつる)さん。喜屋は、自家製造岩絵具を含め、日本画の材料の専門店だ。同じ通りの「アートスペース喜屋」で絵画教室も開いている。

日本画を描くために必要な絵具のうち「岩絵具」は、天然石を砕いてつくられるとても贅沢な画材。そして、人工的な絵具「新岩絵具」や「合成岩絵具」は、原材料である鉱石の減少や、色幅の拡張を求めて作られるようになったもので、現在最も主流な岩絵具のひとつだ。

自称「画材好き」の筆者は、これまで水彩、アクリル、カラーインク、油絵の具、ガッシュ……など色々と試してみたけれど、唯一手が出なかったのがこの岩絵具なのだ。

岩絵具とは、一体何なのか。

今回は、喜屋で、神秘的で謎多き画材・岩絵具について勉強させてもらうことにした。
棚に並ぶ天然岩絵具

棚に並ぶ天然岩絵具

こちらは人工的な「新岩絵具」。 素人にとっては、瓶に入った状態で天然ものと区別するのは難しい

こちらは人工的な「新岩絵具」。
素人にとっては、瓶に入った状態で天然ものと区別するのは難しい

30gごとに袋詰めになったものも販売されている。 こちらは「水干(すいひ)絵具」。染料などで胡粉に染めつけた絵具だ

30gごとに袋詰めになったものも販売されている。
こちらは「水干(すいひ)絵具」。染料などで胡粉に染めつけた絵具だ


そもそも、絵具って何から作られているんだろう

「絵具(えのぐ)」といって私たちが思い浮かべるのは、チューブ状のもの。例えば、水彩絵具なら、パレットに絵具を出して水で溶かして使う。

けれど、岩絵具は粉状だ。なぜだろう?

……いや、そもそも「絵具」は何から作られているのか。

分かりやすく考えるために、一度日本画画材のことは忘れよう。より身近な画材として、水彩絵具を思い浮かべてみたい。チューブの水彩絵具は、大きく3つの材料から作られている。「顕色剤(けんしょくざい)」、「展色材(てんしょくざい)」、そして「助剤(じょざい)」だ。

名前だけだと難しく感じるが、つまりは「色の素」と「接着剤」と「添加物」と考えて差し支えないと思う。

もう少し勉強してみよう。

色の素、つまり顕色剤は、古来より鉱物や土、花、虫、動物の骨などから作られてきた。そして、近年は人工顔料や、安定化した染料が使われていることも多い。

そして、接着剤となる展色材は、顕色剤を紙などに定着させるもの。水彩絵具なら、アラビアゴムやでんぷんが使われる。油絵具であれば「植物性の油」などがある。

助剤は、絵具を使いやすくする目的で添加されるもの。絵具の乾燥を早めたり、腐らないようにするなどの目的があり、例えば保水性や滑らかさを与えるグリセリンなどがそれにあたる。(※1)

「油絵具や水彩絵具は、これら3つを複合したものを『絵具』と呼ぶようですが、日本画の場合は、顔料(顕色剤)単体を『絵具』と呼ぶのです」

日本画絵具は種類がとても多く、鉱石が原料の『岩絵具』、胡粉などが原料の「水干(すいひ)絵具」、貝殻が原料の「胡粉(ごふん)」などさまざまだ。しかし、これらは単体で使うことができない。そのため、展色材としての膠(動物のコラーゲンなどから抽出された糊のようなもの)などを混ぜて使うのだが、それぞれの絵具の性質に合わせた使い分けが重要となる。だから、日本画ではまだまだ粉のものが一般的なのかもしれない(※2)。
(※1)この時の顔料の粒子の大きさによって、透明水彩か不透明水彩かに分けられる
(※2)膠があらかじめ使われているチューブ状の岩絵の具も存在する

石が絵具になるまで
日本画材専門店は決して珍しくなく、東京にも何件か存在している。
けれども、岩絵具を手作りしているところが喜屋の特徴だ。

実際に、つくっている工程を見せて頂いた。

さっそく3階に案内してもらう。
1階には置けない稀少な鉱物や、加工前の原石が置いてある 。
さながら、秘密の研究所のようだ……!
色とりどりの天然石。まるで宝石箱だ

色とりどりの天然石。まるで宝石箱だ

群青に使われる藍銅鉱の固まり。圧巻……!! 「立派なので、砕かずに標本として保存しています」(松下さん)

群青に使われる藍銅鉱の固まり。圧巻……!!
「立派なので、砕かずに標本として保存しています」(松下さん)

昔は、岩絵具の代表といえば、青い色の「群青(ぐんじょう)」と、緑色の「緑青(ろくしょう)」の二つだったのだそうだ。ほかの色は、鉱石を使わずとも代用できたからだという。

喜屋でこだわって手作りしている岩絵具も、やはり群青と緑青。そして、ラピスラズリを足した3つを基本的には作っている。群青の原材料は藍銅鉱(らんどうこう/アズライト)で、緑青は孔雀石(くじゃくいし/マラカイト)が使われている。

「絵具づくりに適した、小石ほどの原石を輸入しています。一部は、アフリカの人が装飾品を作る上で、作り損じたものを買い取って(緑青の場合)いるんです」という。

喜屋では、その小さな原石をどのように絵具にするのだろうか。

「何段階かに分けて、原石を細かく砕いていきます。群青なら、小さな原石を金槌で叩き割りながら、ブラシで不純物を取り除きます。緑青は、不純物が少ないのでこの行程は省いています。そして、スタンプミル(臼と杵を使って石を砕く機械)を使ってさらに細かく砕く。そして、硬質の玉が入った瓶(かめ)に粉と水を入れて、回転機にかけてるんです」

はじめは手で砕き、機械を使って少しずつ細かくしていく。
そうしてできた粉末液は、粒子の大きさがバラバラなのだそうだ。

「岩絵具にするには、粒の大きさを揃えることが大切です。水の中でふるいを使って、穴の大きいものから小さい順番にふるいます。編み目より小さな粒子は下に落ちていきますから、ある程度はふるいで仕分けることができます」

岩絵具の場合、同じ材料を使用しても、粒子の粗さによって色が変わる。粒子が細かくなるほど、明るく・淡くなるのだそうだ。

ビンに貼られたラベルの、右上に書かている数字は、この粒子の粗さなのだという。数字が大きいほど細かい。喜屋では、1〜15までがあり、それ以上は「白」と呼ぶ。

ここまででも大変な作業なのだが、本当に根気がいるのはこれからだ。

経験がものを言う水簸(すいひ)作業
岩絵具の粗さのうち、10(中程度)までの粗さまではこれで分類できるが、細かい網をも通り抜ける微粉は分別できない。11〜15(細かい)を分類するためには、「水簸(すいひ)」作業を行なう必要がある。
 
水簸とは水を使った選別方法で、粒子の大きさによる沈殿速度の違いを利用する。
作業場の机の上に、ボウルをならべ、最初のボウルに注いだ液を次のボウルに、さらに次のボウルにと30秒〜1分おきに移していく。
天然の「焼緑青(やきろくしょう)」の仕上げ作業をしている松下さん。 ※焼緑青……孔雀石を焼いたもの

天然の「焼緑青(やきろくしょう)」の仕上げ作業をしている松下さん。
※焼緑青……孔雀石を焼いたもの

細かい粒子や、比重の軽い不純物(黒っぽくみえるもの)を分けているところ

細かい粒子や、比重の軽い不純物(黒っぽくみえるもの)を分けているところ

水簸作業が終わって乾燥させたもの

水簸作業が終わって乾燥させたもの

大きくて重いものが先に沈む。その粒の大きさは肉眼ではほとんど判別できないが、ボウルに残る色と、次のボウルに写された色を見ると、確かに色が違う。

「これは時間のかかる作業です。30kgの石を2〜3ヶ月かけて絵具にします」

今まで培ってきた経験がものをいう作業だ。

「大手メーカーは大きな機械を使って水簸作業をしますが、うちは父の代から手作業です。私は我慢強い方だけど、それでも大変ですね(笑)。不純物は繰り返し浮いてくるものだから、ある程度やったら、途中できりをつけないといけない。不純物がなくなるまでやっていたら人生が終わってしまいますよ」と笑う。

繊細で美しい絵具をつくるのは、大変な作業のようだ。

祖父が残してくれたお店と、父から受け継いだ岩絵具

喜屋の創業は大正の初め頃、松下満さんの祖父の代から始まっているという。

「祖父は、大正の初め頃から、絵描きの集まる画会で絹の商いをやっていたようです。現在、日本画というと和紙に描くのが当たり前ですが、昔は絹に描くのが一般的でした。父の代で、画材屋を始めるようになったようです。岩絵具の原料となる鉱石は、国内ではだんだん手に入りにくく、高価になっていました。すでに、人工の新岩絵具はありましたが、天然の岩絵具を欲しがっている人たちが居た。うちから近い東京芸大の学生はもちろん、文化財の修復に携わっている人たちです。自分の店で天然の鉱石を仕入れて、自家製の岩絵具を作り始めたのです」

今や、所狭しと並んでいる岩絵具だが、戦時中に店は焼失。父・大二郎さんが建て直した時にはたった200色ほどで再スタートしたという。

「天然の材料は、無限に取れるものではありません。父が頑張ってたくさんの鉱石を貯蓄してくれましたから、お金がなくても材料はある(笑)。群青は、あと2、30年は持つと思いますよ。緑青は50年くらい大丈夫かな。文化財の保存のためにも、長く持たせてあげたいなと思っています。だから、できるだけ在庫を確保したいと思っています」


岩絵具は“男のロマン”。一生をかけて、岩絵具をつくる

話を聞く程、手間のかかる岩絵具。値段が高いのも頷ける。

「けれど、岩絵具で一番大切なことは、“いかに良い石を手に入れるか”ということ。石の質が悪ければ、どれだけ頑張っても、良い岩絵具はできないんです。でも、良い石が手に入ると、砕くのがもったいないな、って思っちゃうこともありますね(笑)」

良い石を手に入れたら、後は松下さんの腕がなる。
自身で鉱山に鉱石を探しに行くこともあるという松下さん。「石探しは男のロマンですね」と笑う。職人でありながら、さながら冒険家のようだ。

こんなに丁寧に作られている岩絵具。「日本画を描く人は昔に比べるとかなり減った」というが、もっと手軽に扱えるようにならないだろうか。

「使う上で手間がかかることは、悪いことではないと私は思っています。その分作品への思い入れも強くなりますから。それに、日本画を学びたいという外国人のおかげで、昔程ではないけれど少しずつ日本画の世界に光がさしてきました。天然の鉱石を手に入れて、砕いて、選別して。時間がかかるけれど、私は日本人の気質が反映された、丁寧につくられた岩絵具が好きなんです。父が私のためにたくさんの原石や砕いたものを残しておいてくれたように、私の人生すべてを使って、少しでも多くの絵具を残してやりたいと思っています」

祖父が始めたお店で、父が繋いだ絵具のバトン。そして今度は、満さんの次の世代へ受け継がれる。

想いが詰まった手作りの絵具はどんな色がでるのだろう。

●喜屋(きや)
今回紹介した3000色以上の岩絵具はもちろん、筆や膠など、日本画で使用する画材が揃う。2階では、日本画用の額縁の販売も。

住所/東京都文京区湯島3-44-8
営業時間/9:30~18:30
定館日/毎週月曜日・お盆・年末年始
TEL/03-3831-8688
URL:http://kiya.ehoh.net/
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