あべちゃんのサブカル画材屋 紀行/「はさみ」が教えてくれた、道具の本質。第五回 うぶけや 〜はさみ編〜 | デザインってオモシロイ -MdN Design Interactive-

あべちゃんのサブカル画材屋 紀行/「はさみ」が教えてくれた、道具の本質。第五回 うぶけや 〜はさみ編〜

2024.5.2 THU

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似て非なる画材、この差って何?
あべちゃんのサブカル画材屋 紀行


「はさみ」が教えてくれた、道具の本質。
  第五回/うぶけや 〜はさみ編〜

うぶけや8代当主の矢崎豊さん、紙切りの林家今丸さん、矢崎大貴さん

うぶけや8代当主の矢崎豊さん、紙切りの林家今丸さん、矢崎大貴さん

都内近郊に点在する画材や文具の専門店をめぐる連載企画。大型店ではカバーしきれないマニアックな商品と知識を求めて、イラストレーター&ライターのあべちゃんが、専門店に潜入します。今回訪れたのは、東京・人形町の刃物専門店「うぶけや」。珍しい目的の道具が多く揃ううぶけやで、今回注目したのは「はさみ」です。多くの人が普段当たり前に使っているはさみですが、意外と知らないことばかり。基本構造や切れる仕組みを理解することで、その魅力に深く迫ります。今回は、まさかのゲストもご登場……!

(取材・文・イラスト:阿部愛美)

<<< 第一回目 「鳩居堂本店」〜筆編〜
<<< 第二回目 「伊勢半本店」〜紅(べに)編〜
<<< 第三回目 「喜屋」〜岩絵具編〜
<<< 第四回目 「ならや本舗」〜墨編〜
>>> 第六回目 「山形屋紙店」 〜和紙編〜
>>> 第七回目 「インクスタンド」 〜カラーインク編〜
>>> 第八回目 「ラピアーツ」 〜額縁編〜
>>> 第九回目 「箔座日本橋」 〜金箔編〜
>>> 番外編    「菊屋」 〜左利き用品編〜
>>> 第十回目 「宝研堂」 〜硯編〜
>>> 最終回  「岩井つづら店」 〜つづら編〜

包丁・はさみ・毛抜きを扱う刃物専門店「うぶけや」
ホームセンターの道具売り場に行くと、「多用途」とか「万能」と書かれたパッケージの商品がある。例えば接着剤なら、ガラスにも石にもプラスチックにも使える万能接着剤というものだ。

一方で、「専用」もある。木工用ボンドがそうだ。ガラスには使えないけれど、木を接着するなら圧倒的に扱いやすく、強力に接着できる。目的に特化した道具というのは、ものを研究し向き合ってこそ生まれるもの。そこには、道具の真価があるように思う。

そんな、ある目的に優れた道具を求めて、東京・日本橋の人形町交差点近くにある刃物専門店「うぶけや」を訪れた。こじんまりとした店内には、包丁・はさみ・毛抜きを中心に、サイズや素材違いなどを含めて300アイテムもあるという。
ビルが立ち並ぶ大通り沿いで、まるでタイムスリップしたような木造3階建ての「うぶけや」

ビルが立ち並ぶ大通り沿いで、まるでタイムスリップしたような木造3階建ての「うぶけや」

店内には、包丁やはさみが整然と並べられている

店内には、包丁やはさみが整然と並べられている

サイズや素材、加工の違いだけでも豊富なラインナップ

サイズや素材、加工の違いだけでも豊富なラインナップ

はさみだけでも、裁ちばさみや握りばさみ、キッチンばさみはもちろんのこと、食用ばさみ、蚕体ばさみなど珍しいものまで幅広い。

そのなかで、筆者にはどうしても見たいものがあった。

「これが紙切りばさみです。その名の通り、紙を切るためのはさみです。刃を合わせた時、まるで空気を切るように軽い手ごたえになるように仕上げています。刃が薄いので切る力はあまり強くありませんが、細工用に適しています」
全長約19cmの紙切りばさみ

全長約19cmの紙切りばさみ

うぶけや8代当主の矢崎豊さん

うぶけや8代当主の矢崎豊さん

そう言って、紙切りばさみを見せてくださったのは、うぶけや8代当主の矢崎豊(やざき・ゆたか)さんだ。紙用のはさみと聞いて想像していたものよりも、ひと回り大きい。

さっそく、使わせて頂いた。

刃を開き、コピー用紙を挟む。
本体の重みでスッと刃を下ろすと、”チン” という音と共に、いつの間にか紙が切れていた。

「空気を切る」とはこういうことか。……驚くほど抵抗がない。
紙を切るためだけに生まれた「紙切りばさみ」
道具の良さは、使ってみて初めて分かるもの。
道具を使っているというよりも、なんだか身体の延長で切れていく感覚だ。

このはさみは、名を「紙切鋏(初代正楽型)」という。

「昭和30年頃、紙切りの初代 林家正楽(はやしや・しょうらく)さんが、私の父(7代目当主の秀雄さん)に相談に来られました。『紙切り』でお使いになりたいということで、ご相談を重ねながらあれこれ工夫して仕上げた特注品です。特注の場合は「止め型」といって、その人以外にはお作りしません。現在販売しているものは、正楽さんの没後50年をきっかけに、お許しを頂いて復刻させたもの。オリジナルを原型としていますが、一般の方にも使いやすいよう改良を加えているんです。オリジナルよりもサビに強い材料に変更し、少し重さもある。はさみは、少し重い方が一般的には使いやすいんです」

初代 林家正楽(はやしや・しょうらく/1896 - 1966年)さんは、1923年から「紙切り(かみきり)」芸で活躍。「紙切り」とは、下書きがない1枚の紙から即興で色々な形を切り出す伝統芸のひとつだ。寄席などで披露される日本の伝統芸能でもある。

店内に飾られている初代 正楽さんの紙切り作品「宝船」は、全長約19センチものはさみでつくったとは思えないほど精緻で、それでいてとても生き生きしてみえた。はさみ一本で切り出しているだけでも驚愕だが、下書きなしで作られているなんてとても信じられない。
店内に飾られていた初代 林家正楽さんによる紙切り作品「宝船」。 「一人一人の表情が豊かで、躍動感がありますよね」(豊さん)

店内に飾られていた初代 林家正楽さんによる紙切り作品「宝船」。
「一人一人の表情が豊かで、躍動感がありますよね」(豊さん)

オリジナルのはさみは、一体どんな切れ味だったんだろうなぁ……。と想像していると、「こんにちは」とお客さんの来訪。

お名前を伺って驚いた。

なんと、初代正楽さんの直弟子・林家今丸(はやしや・いままる)さんだったのだ!
はさみの能力を最大限に引き出す、林家今丸さんの名人芸
はさみを研ぎにいらしたという今丸さん。
なんたる偶然……!! 今日は、はさみの神様が降りてきているのかもしれない。

今丸さんは、初代 正楽さんに弟子入りをされて以来、紙切り一筋58年のキャリアをもつ大ベテラン! 海外で公演を開くなど、幅広い活躍をされている。

もちろん、今丸さんの仕事道具は、うぶけやの紙切りばさみだ。

プライベートでお店を訪れた今丸さんに、ぶしつけにも取材をお願いした。快く承諾して頂くやいなや「ちょっと向こうの壁を見てていただけますか?」と今丸さん。わけもわからず対面する壁を見つめた筆者の耳には、スス……と紙を動かす音が聞こえる。

なんと、紙切りを披露してくださった。
わずか1分ほどで、筆者の横顔が切り上がっている!

……すごい!
筆者の横顔。に、似てる……!!

筆者の横顔。に、似てる……!!

切り抜かれた紙を見て、メガネのテンプルの細さに驚愕……!! その幅、なんと1ミリ以下

切り抜かれた紙を見て、メガネのテンプルの細さに驚愕……!! その幅、なんと1ミリ以下

林家今丸さん。相手の顔を見ながら、スピーディーに仕上げていく

林家今丸さん。相手の顔を見ながら、スピーディーに仕上げていく


「何かリクエストはございますか?」という今丸さんに、思わず「はさみ」と、お願いする筆者。

今丸さんはほんの数秒悩んだあと、紙にはさみを入れる。
はさみを持った右手は大きく動かさず、左手を素早く動かし紙をくるくると回しながら切っていく。

「紙切りに必要なことは観察力。シルエットで表現するうえで、ものをよく観察し特徴を捉えることはとても大切なんです」

そうお話しながら完成したのは「紙切りをする今丸さん」。

お見事!
紙切りをする今丸さんのシルエットは、今にも動き出しそうな臨場感がある

紙切りをする今丸さんのシルエットは、今にも動き出しそうな臨場感がある

うちわをもった和服の女性。まつげまで繊細に表現されている

うちわをもった和服の女性。まつげまで繊細に表現されている

「リクエストが多いものは、季節のものですね」と、作って下さったのは御神輿をかつぐ人々。紙を半分に折った状態で刃を入れているため左右対称

「リクエストが多いものは、季節のものですね」と、作って下さったのは御神輿をかつぐ人々。紙を半分に折った状態で刃を入れているため左右対称

リクエストをシルエットに変換する力、まっさらな紙から形を切り出す表現力、素早く的確な指の動き、そして、見る者を飽きさせない話術。複合芸術だ。

「うぶけやさんの紙切りばさみは、軽いし、錆びない。刃渡りも紙切りにちょうどいいんです。そして、刃先が鋭いことが何よりの特徴ですね。オリジナルは特に顕著で、まるで針みたいなんですよ」

おもむろに、さくさくさく……と、紙にはさみを入れると、あっという間に糸のように細く切れていた。

今丸さんの熟練した技術と紙切り専用のはさみが合わさることで、初めて実現するスゴ技だ。
計ってみると、1ミリ幅につき5本に切れていた……!!

計ってみると、1ミリ幅につき5本に切れていた……!!

「僕はうぶけやさんにお世話になって57年。こちらに『人形町末廣』 という寄席(※日本橋人形町三丁目に存在した)があった時からですね。師匠と同じはさみをつくってほしいと何度も頼み込んだのですが、正楽師匠との約束があるから断られてしまいましてね。しばらくして、師匠の奥様がお許しをくださって、やっと作って頂くことができた。今ではもう作れないそうですが、最後に十数丁作って頂きましたよ。何本かは弟子たちに譲りましたが、そのほかは金庫に大切に保管しています」

そう話す今丸さんの右手では、はさみがまるで踊っているように軽快に動いていた。
はさみの構造を理解しよう。ポイントは「支点・力点・作用点」!
繊細な表現を可能にする紙切りばさみ。使いやすさの正体は一体何だろう。

「はさみというのは、実は面でなく点で切っているんです。光に透かしてはさみを動かしてごらんなさい」

と豊さんに促され、蛍光灯にはさみをかざしてみる。閉じた状態では、はさみの両方の刃の間には空間があり、光が漏れてくる。唯一触れ合っている刃先では、黒いシャープな影がみえた。

そのまま刃を広げて、ゆっくりと刃を合わせていくと、黒い点も刃先に向かって動いていく!

「その黒い点が、刃が触れ合っているところ。そこで紙を切っているんです」
手持ちのはさみで見てみよう。刃は真っ直ぐではなく、内側に沿って、点で合っているはずだ

手持ちのはさみで見てみよう。刃は真っ直ぐではなく、内側に沿って、点で合っているはずだ

筆者が自宅で使っている普通のはさみで、同じことを試してみた。黒い点は動かすにつれ大きさが変わったり、部分的に面でくっついていた。

なるほど、これが切れ味の違いか。

「あ、そうそう」といって、豊さんが出してきたは握りばさみ。糸などを切るものだ。

「ちょっと使ってみて」と言われ、はさみの中央に親指と人差し指を沿えて刃を合わせてみる筆者。ところが、持つ位置を間違えていると指摘される。

「多くの人が間違えるんだけど、もっと刃先の方で持つのが正解。握りばさみは1枚で繋がっているから、ここに支点がないでしょう? 握りばさみは切るものと指先の距離が近いから、力が直接的に働いて、細かく加減を調節できる。真ん中をもって使うと、刃の痛みも早くなるどころか、切れ味が半減するんですよ」
豊さんが教えてくれた、握りばさみの正しい持ち位置。思ったよりも刃先側だ……!

豊さんが教えてくれた、握りばさみの正しい持ち位置。思ったよりも刃先側だ……!

普通のはさみと、握りばさみでは、支点・力点・作用点の位置が違う。どちらにしろ大切なことは、「力点〜支点」に比べて「支点〜作用点」が短い方が、軽い力でものに働きかけること(ものを切る・持ち上げる)ができるということ

普通のはさみと、握りばさみでは、支点・力点・作用点の位置が違う。どちらにしろ大切なことは、「力点〜支点」に比べて「支点〜作用点」が短い方が、軽い力でものに働きかけること(ものを切る・持ち上げる)ができるということ

「やらないで欲しいけど……」と前置きをしたあとに、「握りばさみは力の入れ加減で、針金さえ切れる」という豊さん。

道具は、構造や使い方を理解することで100%の力を引き出せる。

「“馬鹿とはさみは使いよう”って、そういうところからきている言葉なんだろうね」と聞いて、妙に合点がいった。
職人であり、商人でもある。「職商人」というあり方
うぶけやの創業は、天明3年(1783年)。なんと、フランス革命が起きる6年前の年だ。

大阪で創業し、江戸末期に東京へ進出(※現在大阪店は閉店)。初代当主は㐂之助(きのすけ)さん。屋号の由来は「うぶ毛でも剃れる(包丁・かみそり)切れる(はさみ)抜ける(毛抜き)」というお客さんの評判によって名付けられたという。

㐂之助さんは鍛冶職人だったが、2代目以降から豊さんに至るまでずっと、職商人(しょくしょうにん)という形をとっている。

「例えば包丁なら、腕の良い鍛冶屋にお願いして、材料の状態から半製品の状態まで鍛えてもらう。それをうちで研いだり具合を調節して、柄をつけて販売する。それが刃物屋としての職商人の形です」
右の状態でお店に届いたものを、うぶけやの工房で、研いだり足(持ち手)をつけて製品化する

右の状態でお店に届いたものを、うぶけやの工房で、研いだり足(持ち手)をつけて製品化する

日本刀などの武器として発達した刃物の技術は、1700年頃から家庭用にシフトする。
家庭用の包丁は目的別に細分化され、趣味やお稽古ごとにつかう刃物の需要があがった。そこで、武器商人をやっていた腕のよい職人に家庭用の刃物を鍛えてもらい、うぶけやで加工して販売したそうだ。

さらに時代が流れて豊さんの時代になると、鍛冶職人は激減。豊さんは、将来を見据えて刃物を研ぐ工房「研勝」(※現在は閉店)に弟子入りして研ぎの技術を習得した。うぶけやの工房を増築し工具を揃えることで、粗研ぎ(研ぎにおける最初の行程)から対応できるようにしたという。

「40年前までは、下職さん(※職人としての仕事を隠居した後に、仕事の一部を請け負っていた人)に粗研ぎまでお願いしていたけれど、今では難しいですね……。時代の流れとともに、うちの負担も増えていきました」
修理によって蘇る、道具本来のちからとは
店の裏にあるうぶけやの工房には、大小さまざまなグラインダーが並んでいた。製品として仕上げる行程だけでなく、修理も請け負っている。

これから修理に取りかかるということで見せて頂いたのは、かなり錆びついた裁ちばさみだ。
修理する前のはさみ。さびは刃の内側にも広がっていた

修理する前のはさみ。さびは刃の内側にも広がっていた

「修理は、状態を見るところから始めます。刃と刃の空き具合、刃の曲がり具合……。切れない原因を見極めずに研ぎ始めてしまうと、状態を余計に悪化させてしまう」

刃を注意深く観察した後、刃をとめているネジを外す。はさみは2枚に分かれた。

年期の入った丸太の台にはさみの刃を乗せると、トントントン……とハンマーで叩く。刃をすこし起こしている(少し曲げる状態)そうだ。

「地金と鋼を合わせた鍛造品(※)なら、叩いたり伸ばしたりして修理できる。でも単一鋼材の場合は、叩くと折れてしまうものもあります。そういうものは、刃を削るだけで細かいタッチは出せません」
※鍛造品(たんぞうひん)……刃物には、「合わせもの」と「無垢」の2種類がある。合わせものは、鋼と軟鉄など二種類以上の素材を合わせて叩いて作られる鍛造品で、固さと適度な粘りがある。日本刀にも使われている伝統技術だ。一方「無垢」は一つの素材からつくられており、型に流し込んで作られる鋳造(ちゅうぞう)品もある。洋包丁や西洋のはさみなどに多い。
光に透かして、刃の合わせ具合を確認する豊さん

光に透かして、刃の合わせ具合を確認する豊さん

年期の入った丸太の上で、刃を叩いて起こす

年期の入った丸太の上で、刃を叩いて起こす

刃の形を調整すると、次は研ぎの行程に入る。
まず、刃の裏と表についたサビを取る。

「サビはすべてとればいいというものでもない。鋼まで取れてしまったら切れなくなってしまうからね。加減を見ながら鋼を残しつつサビを取る場合もあります」

サビをとった後は、より細かい目で刃の表を研ぎ、刃をつけ(刃先を鋭角に研ぐ)、裏をすく(裏の鋼を研ぐこと)。そして、刃の合わせの調子を整えていく。
ひとつずつ横に移動しながら修理を進める豊さん。一番奥から手前にかけて目の細かいグラインダーが配置されている

ひとつずつ横に移動しながら修理を進める豊さん。一番奥から手前にかけて目の細かいグラインダーが配置されている

裏をすいた後の刃はサビもとれてすっかりきれいに。あっという間のことだったが、裏すきは高等技術。誰でもできるものではない

裏をすいた後の刃はサビもとれてすっかりきれいに。あっという間のことだったが、裏すきは高等技術。誰でもできるものではない

見た目はすっかり美しく蘇ったはさみ。さて、切り心地は……?

見た目はすっかり美しく蘇ったはさみ。さて、切り心地は……?

非常に驚いたことは、修理のスピード。刃のネジを外してから、ものの5分ほどで1本の修理が完了してしまった。

今丸さんの紙切りもそうだった。速くて、正確で、繊細。

そうか、これが職人仕事なんだ。

修理が完了すると、試し切り。一番厳しいチェック方法は、「はさみの根本まで布を入れて、刃の重みだけで切ること」だと豊さん。

はさみで布を切らせてもらう。……すごい、布が全く動かない。はさみの刃に布が引っ張られず、点でスッと切れていく。紙切りばさみのときと同じく、抵抗がない。
布を挟むと、スッと刃が下りた

布を挟むと、スッと刃が下りた

「道具の一番良いところを見定めて、引き出してあげることが “修理”。もっとも、うちの修理は作る時のやり方に近いね。うちで修理して差し上げると『買った時よりもよく切れる!』なんて言って下さるお客さんも多いんですよ」と誇らしげに笑う豊さん。

……あれ? けれど、今丸さんに持たせていただいたはさみは、ネジがゆるゆるだった。片方に指を入れると、パカッと刃が開いてしまうほど。

豊さんはこう説明する。

「今丸さんは、修理して差し上げたあと、空打ち(※切るものを挟まずに、刃をかちゃかちゃと動かすこと。本来は御法度)をしてわざと切れ味を落とすみたい。今丸さんみたいに『あまり切れない方がいい』という人もいれば、ほんの少しひっかかりを感じただけで修理にくる人もいる。それは、プロだから素人だからということではなくて、個人個人の感覚によって大きく変わるもの。だからといって、半端に修理してしまっては、何も切れない。完璧に修理してあげてこそ各々で調整が可能になるんです」
使い続けて、受け継がれる。良い道具は時をかける
お店に入ってすぐ右手にあるガラスケースには、とても古いはさみが飾られている。そのなかには、弥吉(やきち)の銘が入ったはさみがあった。

洋服を着る日本人が現れ始めた明治初期、うぶけやの5代目当主は、刀鍛冶・吉田弥十郎(弥吉)にあるはさみを依頼した。これが、日本で初めての裁ちばさみである。
ガラスケースの中央には、弥吉がつくった全長約40センチの裁ちばさみ

ガラスケースの中央には、弥吉がつくった全長約40センチの裁ちばさみ

「つい最近ね、面白いことがあったんです」と豊さん。

「弥吉の銘が入ったはさみを、もって来られた方がいてね……。お持ちになったご本人も、それが本物かどうかが分からない。そこで、うちにあった弥吉のはさみの銘と比べてみると一緒だった。切れるように修理して差し上げたら、とても喜んでいらした」

豊さんいわく、そのはさみは、明治15〜20年頃に作られたものだろうとのこと。

131〜136年前の道具が今でも使えるなんて、どんな気分だろうか。
 
「当時のものにしてはしっかりした作りだったし、修理しやすかった」と話す豊さん。

よい道具は一生モノ。
いや、よい素材と確かな技術がかけ合わされば、100年の時をも超える。
工房では、9代候補だという、豊さんの息子・大貴(たいき)さんが包丁の仕上げ作業をしている。

「包丁の研ぎはもう任せられるね。でも、一人前になるまではあと5、6年かな」と豊さん。

初代当主の㐂之助さんから豊さんまで技術が受け継がれたように、大貴さんにも継承されていく。それは、初代 正楽さんから今丸さんに、紙切りの技術と、同じ形の紙切りばさみが受け継がれたように。

よい道具は、これからも人と一緒に長い歴史を刻むのだろう。

そんな道具に出合えたら、幸せだ。

●うぶけや
天明3年(1783年)に創業した刃物専門店。大阪で開業し、江戸末期に東京に進出した(現在、大阪店は閉店)。初代当主の㐂之助さんが打った刃物が「うぶ毛でも剃れる(包丁・かみそり)、切れる(はさみ)、抜ける(毛抜き)」というお客さんの評判によって「うぶけや」と名付けられた。三大アイテムは「包丁・はさみ・毛抜き」。各種商品は公式通販サイトでも販売しているが、人気により欠品になることも多い。ぜひ店舗に直接足を運んで、買い求めてみてはいかが。

住所/東京都中央区日本橋人形町3丁目9-2
アクセス/東京メトロ日比谷線・都営浅草線「人形町駅」より、A3-5出口を出てすぐの人形町交差点から、一方通行通り沿いに小伝馬町方面に歩いた右側の4軒目
営業時間:9:00〜18:00(土曜日:9:00〜17:00)
休業日:日曜日・祝日
TEL:03-3661-4851
URL:https://www.ubukeya.com/
公式通販サイト:https://www.ubukeya.com/ec/

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