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大谷和利のテクノロジーコラム

2018.10.12 Fri

3Dディスプレイは滅びたのか? ~ ホログラフィックディスプレイ「Looking Glass」を通して見える未来 ~

TEXT:大谷和利(テクノロジーライター、AssistOnアドバイザー)

根強いファンを持つiPhone SEシリーズの投入を見送る一方で、昨年のiPhone Xに続いて今年もiPhone XS / XS Maxと、アップルはビッグスクリーンをアピールする方向へと舵を切り始めている。今回は、アップルのディスプレイに関する思想や哲学を振り返ると共に、今後の展望についても触れてみたいと思う。

アップルが牽引し、頑なに守ろうとした“画質”

アップルが最初期のマイクロコンピュータであるApple Iを、そしてApple IIを世に送り出した頃、一般のテレビで利用されていたNTSC規格の表示は、"Not Twice the Same Color"(2度と同じ色は得られない)と揶揄されたほど色再現性の点では信用できない技術であった。

Apple IIを設計したスティーブ・ウォズニアックはこれを逆手にとり、色のにじみを利用して多色表示をするという逆転の発想によって同機を画期的な製品へと仕立てたことは有名だ。ところが、スティーブ・ジョブズは、この発想を評価する一方で、こうした曖昧なディスプレイのあり方を許せない部分もあったのだろう。プロジェクトを完全に自分の支配下に置いた1984年の初代Macintoshでは、モノクロだが正方画素を持つ専用ビットマップディスプレイを開発させ、非常にクリアなテキスト&グラフィックス表示を実現した。

1985年にジョブズがアップルを去った後も、Macintoshシリーズにおける画質重視の姿勢は変わることなく、カラーCRTディスプレイには高価だがフォーカスがシャープで低輝度時のコントラストも良好なソニーのトリニトロン管を用いたり、Macintosh PortableにはLCDで初めてCRT(ブラウン管)並みの表示品質を実現したTFT液晶を採用するといったこだわりを持ち続ける。

近年、MacBookやiMacといった大型ディスプレイ製品にまで、コスト高を承知の上で超高精細なRetinaディスプレイが採用されている点も、アップルの画質重視の姿勢を裏付けるものと言えるだろう。

3Dテレビブームの到来と、アップルの判断

一般に先進的と考えられているアップルだが、その実、目新しいだけでは新技術を採用しない堅実さも備えている。

筆者は2004年にシャープが裸眼立体視可能な15インチのLCDディスプレイを発売した際に、自分でも購入し、趣味の立体写真の表示などに利用していた。この3Dディスプレイ技術は、後に同社の携帯電話にも搭載されたので、覚えておられる読者もあるだろう。

それに先立つ2001年に、筆者はボリューム型USBコントローラーのプロトタイプを完成させていた日本人デザイナーの鈴木孝彦さんをアップルのデベロッパーリレーション部門のトップに紹介し、それが最終的にグリフィンから発売されたPowerMateとして(そして、アップルは認めないが、iPodのスクロールホイールのアイデアのヒントとして)結実したという経験があった。

そこで、シャープの3Dディスプレイ技術についても、Macないしは純正外部ディスプレイとして採用してもらってはと進言し、わざわざクパチーノまでプレゼンテーションに出向いていただいたことがある。しかし、現実には不採用。視野角や3D表示の視認性がアップルの求める水準に達していないというのが、その理由だった。

その後、2010年頃から液晶テレビの世界では3D表示機能のブームが到来したものの、4K移行に伴う高解像度化やダイナミックレンジ重視の流れから、3D対応テレビは2017年の新製品で完全に姿を消すこととなる。裸眼立体視のためには、ディスプレイ表面に偏光フィルターを厳密な正確さで貼り付ける必要があり、光量も低下することから、高精細な4K規格にはそぐわなかったためだ。

ちなみに、シャープの3Dディスプレイは、偏光フィルターを用いず、もう1枚、スイッチ液晶と呼ばれるLCDパネルを追加して視差バリアを発生させ、左右の目に異なるイメージを届ける方式だった。しかし、3D表示時に横方向の解像度が2D時の半分になることは避けられず、また、ユーザーの位置によっては左右の目に届くイメージが逆転し、奥行き感も反転する欠点があり、複数人が同時に見るような用途にも向かなかった。

2014年にはアマゾンが、3Dディスプレイを搭載し、ユーザーの顔の位置や角度を4基の前面カメラとジャイロスコープで把握して奥行き感が変化する「ダイナミック・パースペクティブ」機能を持ったスマートフォンであるFire Phoneを発売した。だが、トータルな性能バランスに欠け、人によっては乗り物酔いに似た症状が誘発されるなどの弱点が露呈し、「最優秀失敗作」とのレッテルが貼られることとなった。

こうした流れを見ると、アップルが2004年の時点で3Dディスプレイを不採用にした判断は正しかったといえる。もし、採用していたとしても、iOSデバイスのRetinaディスプレイやMac向けの5K純正ディスプレイの登場を考えると、前述のテレビの高精細化と同じく、画質を重視するが故に途中で3D表示機能を割愛せざるをえなくなったことだろう。

新技術 "Looking Glass"を通して見える未来

さて、筆者が現時点で最も優れた3D表示装置だと考えるのは、裸眼で複数の人間が同時に立体視可能な、Looking Glassと呼ばれるホログラフィックディスプレイである。

同時に生成された45方向からのイメージを、積層構造を持つ透明ブロックに向かって60フレーム/秒の速さで投影し、角度ごとに適切なイメージのみが見えるように調整されたブロック内の反射素材が、視野角50度の範囲で立体的なボリュームを感じさせる像を作り出す。

現時点では、まだ3Dアプリの開発者や3Dクリエーター向けの少量生産品だが、少なくとも、もはや技術デモ的なプロトタイプではなく、十分に実用レベルに達した史上初の卓上ホログラフィックディスプレイといってよいだろう。

「Looking Glass」
「Looking Glass」

Looking Glassは、原理的に一番奥に位置するLCDはさらなる高解像度化も可能と考えられ、目立った光量低下も感じられない。現行モデルでは、積層されたブロック内に反射素材のエッジと思われる白い枠のようなものが見えており、内側の上下左右面に内部反射したゴーストイメージも見えるものの、今後の研究次第で、少なくとも画質に関してはアップルの基準を満たせる可能性がある。

問題は、製造コスト※1と、ブロックを含めた全体の厚み※2だが、前者は量産技術が進めばそれなりに抑えられるだろう。しかし、後者の厚みについては、立体像のボリューム感と密接に関係している部分なので、極端な薄型化は難しい。したがって、この技術はノート型のマシンやモバイルデバイスには利用できず、あくまでも据え置き型の外付けディスプレイ向きといえる。

※1 製造コスト …「Looking Glass」の現行価格は、8インチクラスのレギュラーモデルで600ドル、15インチクラスのラージモデルで3000ドル。参考までに、トリニトロン管を採用した最初のアップル純正13インチカラーモニターは、640 x 480ピクセルの解像度で1647ドル。日本では30万円近くした記憶がある。
※2 全体の厚み … レギュラーモデルで約4.86センチ、ラージモデルで約6.9センチ


実際には、アップル自身もホログラフィックディスプレイに関する特許をいくつも取得しており、たとえば米国パテントナンバー8,847,919の“Interactive holographic display device”という特許には、やや厚みのあるスクリーンを持つモバイルデバイスのイメージ図や、非接触式のジェスチャーセンサーの説明図が添えられている。

特許「Interactive holographic display device」の出願書類に添えられた説明図
特許「Interactive holographic display device」の出願書類に添えられた説明図

例によって、特許があるからというだけで、そのアイデアが製品化されるとは限らないが、iOSデバイスもMacintoshラインも、ディスプレイの高精細化は必要十分なレベルに達しており、特にiPhoneでは、それ以上のアピールポイントを作るために画面を大型化するしかなかったというところまできている。そして、もしもARグラスが日常化するならば、それとは異なる魅力を現行デバイスの進化系にも付加していく必要がある。

その進化の方向性に関して、Looking Glassの存在とアップル自身による特許は、大きな示唆を与えているように思えるのだ。

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