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大谷和利のテクノロジーコラム

2021.12.21 Tue

今のAppleを築いた名機とこれから

TEXT:大谷和利(テクノロジーライター、AssistOnアドバイザー)

長期に渡りご愛読いただいた本連載も、今回で1つの区切りを迎えることとなった。今後も新製品発表の折などに寄稿していく予定だが、レギュラーコラムとしてはこれが最終回である。そこで、ここでは現在のAppleを作り上げた過去の名機を振り返り、改めて同社の未来に思いを馳せることにした。もちろん、この他にも記憶に残る製品は数多く存在するものの、エポックメイキングだったものを中心に絞りこんでまとめている。

現在のPCの原型となった初代Macintosh

Appleという企業が、最初の立ち位置を確立するうえでは、Apple IとIIが果たした役割を忘れるわけにはいかない。しかし、こと現在のGUIベースのPC(Windowsマシンを指すPCではなく、広義のパーソナルコンピュータという意味での)の原型を確立したという意味において、大きなマイルストーンだったのは、やはり1984年の初代Macintoshだといえる。

初代Macintosh

OSと1、2本のアプリケーションが、たった400KB(1KBは、1GBの1024分の1)の容量しかない1枚のフロッピーディスクに収まっていた時代のマシンだが、わずか9インチのモノクロスクリーンの上で実現されていたGUIと、そのうえで動くアプリケーションの作法を規定したユーザーインターフェースガイドラインは、その後のすべてのPCの在り方に影響を与えてきた。

初代Macがなければ、今のAppleだけでなく現在のようなPC業界全体の有り様も、まったく異なるものとなっていただろう。

ノートPCの在り方を定義した初代PowerBook

現行のスタイルのノートPCが日常化した今では、誰も気に留める人などいないかもしれないが、キーボードを奥に配して手前の両側にパームレストを設け、その間にポインティングデバイス(かつては小型のトラックボールで、現在はトラックパッド)を置くレイアウトを確立した製品が、1991年にデビューした初代PowerBookシリーズだった。

初代PowerBookシリーズのエントリーモデルであったPowerBook 100
(Photo : Danamania under CC-by-SA license)

それまでのノートPCは、キーボードが手前にあり、奥のスペースをバッテリーやストレージに割り当てていたために重量バランスが悪く、加えてタイピングの際に手のひらが浮いてしまうため、モバイルユースには向いていなかった。しかし、コロンブスの卵のような発想の転換によって生み出されたレイアウトが、その後の業界標準的なスタイルとして定着したのである。

Appleのデザインが業界に波及したケースは、その後も何度もあり、MacBook Airの薄型ウェッジ筐体の例も記憶に新しい。しかし、Appleは金属切削によるユニボディ構造など、製造技術にまで踏み込んだデザイン戦略を採ることで、見た目は真似できても本質的に異なる製品作りを推進。それが、独自の半導体開発にもつながっていったのだった。

Apple復活のシンボルとなった初代iMac

初代iMac(Photo : Stephen Hackett under CC-by-SA license)

今では見慣れたカラフルなコンピュータ製品も、1998年の初代iMac以前には存在を主張しないベージュが主流だった。そして、デスクトップ製品はドンとデスクの上に居座り、主従関係に喩えれば、コンピュータが主でユーザーが従といえた。

初代iMacのデザイン原案は、故スティーブ・ジョブズがAppleに復帰する前から存在しており、当時のCEOだったギル・アメリオの下ではお蔵入りとなりかけていたところをジョブズが救った経緯がある。

本体が宙に浮いたような有機的な形や、ハンドル付きで中身が透けて見えるトランスルーセントなツートーンの樹脂筐体は、それまでのコンピュータ製品に対する固定観念を覆した。その軽やかな姿はユーザーに安心感を与え、ユーザーが主でコンピュータが従であるということを視覚的に印象付けた。

ちなみに、ともすれば気を衒ったかに見える初代iMacのデザインは、当時のチーフデザイナーだったジョナサン・アイブ本来の指向性とは異なっている。だが、かつてタンジェリンというデザインスタジオの共同設立者でもあったアイブ自身は、経営者的な視点からApple復活のための起爆剤として、ひと目でThink Differentな製品であると理解してもらうことが重要と考え、あえてこうしたデザインにチャレンジしたのである。

コンピュータメーカーからの脱却を支えたiPod

そのアイブも、過去を振り返ったインタビューで触れていたが、Appleが、いわゆるコンピュータメーカーから脱却するきっかけを作った記念碑的な製品が、2001年に発売されたデジタル音楽プレーヤーのiPodだった。

iPodは、Apple初のサービス事業、iTunes Music Store(現iTunes Store)推進の原動力ともなった重要なデバイスで、Windowsユーザーにもアピールした最初のApple製品でもあった。そして、音楽の違法コピー問題に対する解決法を示したことで、企業の社会的責任に基づくAppleのビジネスポリシーにつながっていった部分もある。

ジョナサン・アイブは、初代iPodのデザインテーマが「音楽中毒者のためのシガレットパック」であると親しい友人に漏らしたことがあったが、ジョブズが大のタバコ嫌いで、社屋内だけでなく敷地内全域を禁煙にするほどであったため、その事実は伏せられた。しかし、実際に手にしてみると、サイズ感といい、上部に設けたイヤフォンジャックといい(シガレットパックは上部からタバコを取り出す)、アイブの思考が、製品を通して伝わってくるのだ。

私たちの日常生活を変えたiPhone

2007年に誕生したiPhoneは、もはや説明すら不要なほど、私たちの生活に溶け込み、日常を変えてしまった。これほど、フォロワー製品を含めて、全世界的な規模で影響を与え、それなしの暮らしを考えられなくしたデバイスは、他にないといえる。

初代iPhone

だが、Apple自身がスマートフォンへの過度の依存を警告し、そうならないようにするための仕組みをiOS内に組み込んだ点も見逃すことはできない。それは、よくいえばそこまで有用、悪くいえばそれだけ中毒性のある製品を普及させてしまった企業としての責任感からきている。常時身につけていながらも依存度が少ないApple Watchや今後登場するはずのARグラスの開発も、単なる先端デバイスという理由ではなく、本来あるべき生活を支え、拡張する製品のあり方を模索した結果なのである。

電子デバイスの新カテゴリーを確立したiPad

実際には、iPhoneよりも早く試作が進んでいたiPadを後から発表したのは、ジョブズならではの用意周到さの表れだった。人々は、自分が理解できないものを使おうとはしない。当時は「iPadは大きなiPhoneに過ぎない」と揶揄したマスコミもあったが、まさにそう見えるからこそ、新カテゴリーの製品であっても、すぐに市場に受け入れられていった。

初代iPad

iPadの使命は、当初、様々なメディアを利用・消費するためのもので、iPhoneと同じ操作方法で、より大きなスクリーンを扱えることに意味があった。そして、よりパワフルになるにしたがって、エントリークラスのノートMacを補完、あるいは置き換える製品へと成長し、教育市場でも存在感を発揮してきた。

ジョブズが嫌ったミニサイズのモデルの追加や、スタイラスペン(Apple Pencil)の利用も、「『スティーブならどう考えるか』とは考えるな」というジョブズの教えをティム・クックが忠実に守っているからこそであり、しかも、結果が伴っている。

一時は勢いのあったChromeBookの人気に翳りが出てきた今、iPadが果たす役割は大きく、MacBook系製品との棲み分けも一層進んでいくことだろう。

ヘルスケアを再構築しつつあるApple Watch

ティム・クックは、自分も含めてAppleは毎日のように間違いをおかしているが、幸いなことにそれを修正する力も持っている旨のことを話したことがあった。まさにApple Watchも、当初は、ファッションアイテム的な性格づけが大きかったものの、第二世代からフィットネスとヘルスケアへと比重を移し、今では自分の健康管理や健康維持に欠かせないデバイスとなっているユーザーも、かなりの数に上っている。

穿った見方をすれば、第一世代では、まだセンサー類が充実しておらず、ファッションアイテムの側面を強調せざるをえなかった面もあった。それでも、まず世に出すことを優先してフィードバックを集め、それを元にかねてからクックの関心も高かったフィットネスとヘルスケアをコアファンクションとするビジネスモデルを確立したといえる。

Apple Watch Series 7

今後は、AirPodsにも生体センサーが搭載されるなど、ARグラスも含めてウェアラブルデバイスならではの役割を複数の製品で分担していくような流れが見えてきているが、当面は、その中でもApple Watchが中心的な存在として様々な処理を担うことに変わりはないだろう。

AppleはQOLに関わるすべてに進出していく

Apple Watch以降も、スマートスピーカーのHomePodやワイヤレスイヤフォンのAirPodsなど、Appleにとっての新分野製品は存在してきた。しかし、それらはどちらといえば、既存のエコシステムを強化するためのものであって、完全に新しいジャンルを構築、あるいは再定義するような製品ラインは追加されていない。

もちろん、それはこれからの課題でもあり、ARグラスをはじめ、Appleもすでにそのための準備を着々と進めているわけだが、この先にあるものは、広い意味でのオートノモスシステム、つまり、自律的に機能し、暮らしやすく健康寿命を維持できる生活環境の確立だと思われる。機械学習も重要だが、そのための要素技術に過ぎず、自動運転車や、さらに(人型とは限らない)ロボットなどへの展開も考えると、メカトロニクス分野人材の確保や技術開発も進めていくことになろう。


その観点から、将来のAppleの製品は、ユーザーと直接的にインタラクトする主製品と、ほとんど意識されずに機能するライフインフラ的なもの、そして、両者をつないだり、両者に対してユーザーの状態・状況を伝えるセンシングデバイスの3つに大きく分かれていくと思われる。そして、それらのすべてが、認定を受けたサードパーティ製品と共にユーザーのQOL(クオリティ・オブ・ライフ:生活の質)の向上を目的として、互いに連携しながら機能することになるはずだ。

故・スティーブ・ジョブズは、個人の知力の増幅を掲げてパーソナルコンピュータの開発を推進したが、ティム・クックは、それも含めて、より広い視野から人間の暮らしや人生そのものを一段、あるいは数段高めるための製品群を包括的に揃えていこうとしている。これからのAppleにとって「世界を変える」というのは、そこで暮らす人々の生活の質を、過去にないペースで改善していくことにほかならないのだ。

長きに渡り、ご愛読、ありがとうございました。

大谷 和利(おおたに かずとし)
テクノロジーライター、AssistOnアドバイザー
アップル製品を中心とするデジタル製品、デザイン、自転車などの分野で執筆活動を続ける。近著に『iPodをつくった男 スティーブ・ ジョブズの現場介入型ビジネス』『iPhoneをつくった会社 ケータイ業界を揺るがすアップル社の企業文化』(以上、アスキー新書)、 『Macintosh名機図鑑』(エイ出版社)、『成功する会社はなぜ「写真」を大事にするのか』(講談社現代ビジネス刊)。
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