Appleによるこの秋2回目のスペシャルイベントは、「パワー全開」というコピーそのままに、パワフルな新型MacBook Proの発表を中心としたものだった。完全な新設計ながらも、どこか懐かしく感じるのは、丸みを帯びた外装や、割愛されていたI/Oポート類の復活など、一見すると先祖返り的なディテールに目が行くからかもしれない。M1 Pro & Maxチップによって、超がつくほどの高性能を低い消費電力で実現したことだけでなく、実は、そうしたディテールにも今回のモデルチェンジの核心があると筆者は考える。
では、なぜそうなのか、紐解いていこう。
ハロウィン前に爆誕したモンスターマシン
もちろんAppleは、そのために発表時期を決めたわけではないだろうが、14インチと16インチの新型MacBook Proは、ハロウィン直前に、まさにモンスターマシンと呼ぶに相応しい内容で登場した。
ナローベゼルで、最大120HzのリフレッシュレートをもたらすProMotionをサポートするLiquid Retina XDRディスプレイや、1080p HD解像度の内蔵FaceTimeカメラ、空間オーディオ対応の6スピーカーシステムなども、それだけでMacBook Proの上位モデルとしてクリエーターが待ち望んだ仕様といえる。だが、今回の主役は、間違いなくその処理能力の高さだ。
昨年デビューしたM1チップの上位バージョンが搭載されることを思えば、それなりに高いパフォーマンスを発揮するであろうことは織り込み済みだったが、現実に発表された製品は、そんな安易な想像を軽々と超えてきた。具体的には、すでに様々なレポートが報じているように、搭載されたM1 ProとM1 Maxによる驚異的なパフォーマンス/ワットの実現である。
燃費の悪い高性能車を作るのが簡単なように、単に処理性能だけを追求するならば、消費電力と発熱を度外視し、強力なファンや液冷システムの搭載を前提としたゲーミングPCのような製品を作ることはできる。だが、図を見ればわかるように、ここまで低い消費電力でトップクラスのパフォーマンスを発揮できるCPUやGPUを作ることは、これまで不可能と考えられてきた。
Appleは、iPhone/iPad向けのAチップで培ったノウハウとスケールメリットを活かしてM1チップを開発したわけだが、M1 ProとM1 Maxでは、高性能コアをM1の2倍の8基に増やし、高効率コアは逆に半分の2基に減らした上で、メモリ帯域を増強(M1の68.2GB/Sに対して、M1 Proは200GB/S、M1 Maxは400GB/S)することで基本性能の大幅な向上を実現した。高効率コアを減らしたのは、ターゲットユーザーであるプロのクリエーターが与える処理の負荷とダイサイズのバランスを考えれば、妥当な判断といえる。
加えて、チップ上にProRes/ProRes RAW/HEVC/H.264のエンコードやデコードを行う強力なメディアエンジンを設け、外付けの動画アクセラレータを不要としている。特にM1 Maxのメディアエンジンには、動画のエンコードを担当する部分がM1 Proの2倍ある。
M1 ProとM1 MaxではCPU性能は同等だが、このあたりの違いもあってGPU性能ではM1 Maxが勝り、特に動画の処理において最大で2倍もの差が生じることになる。クリエーターが新型PowerBook Proの仕様を選ぶ際には、自身の仕事内容に照らして、適切と思われるほうを選択すれば良い。
さらに特筆すべきは、今回、AppleがAC接続時もバッテリー利用時も変わらないパフォーマンスを実現したことだ。モバイル状態でも長時間に渡ってフルパワーで使えるという事実は、クリエーターのワークスタイルを変える可能性も秘めている。
変わり始めたApple
ところで、Intel MacからMシリーズMacへの移行スケジュールと、最新のMシリーズチップのネーミングに関して、筆者の見立てに誤りがあったので、ここで少しそれについて記しておきたい。見立てを誤ったことが、まさにAppleが変わり始めた証ともいえるためだ。
まず、ティム・クックが「Intel MacからMシリーズMacへの移行を2年かけて行う」旨の発言をしたとき、筆者としては、「そう言いながらも、実際には買い控えなどを防ぐために1年程度で移行を完了させるのではないか」と考え、記事にもそう書いた。
また、最新のM1チップのネーミングであるM1 ProとM1 Maxについては事前の噂でも流れてはいたが、(記事こそ書かなかったものの)まさかiPhoneのようなネーミングルールをMシリーズチップには適用しないだろうと一笑に付していた。
しかし、M1シリーズチップの存在がAppleにこれらの過去の慣例を捨てさせた。これまでのCPU移行は、すべて外部メーカーが開発したチップを使う前提だったので、Appleとしては、ハードウェア本体とOSの対応さえ進めれば、どのチップにするかを選ぶだけで済んだ。したがって、予定を前倒しすることも比較的簡単だった。
だが、Mシリーズチップは自社開発であるがゆえに、その開発スピードが移行スケジュールに影響する。事実、M1 Macの第一弾の発売から1年、最初のクックの発表から1年半ほどを経ても、まだその移行は完全には終わっていない。ご存知のように、ハイエンドモデルのMac Proや、iMacの上位モデルは、今もIntel CPUを搭載しており、この流れでいくと、完全な移行までは、当初の予定通り(←どの時点を基準にするかで変わるが)あと半年ないしは1年かけるものと思われる。
ネーミングについては、確かに、GPUではRadeon Proのような例もあり、AシリーズチップでもA10 FusionやA11~A15 Bionicのように先端イメージ的な単語を付加していたりはする。しかし、FusionやBionicは標準チップ名称の一部であって、上位チップを意味しているわけではない(数字の後にXやZを付加した、A12X Bionicのようなマイナーバージョンアップ版はあった)。
それをMシリーズチップでは、あえて直裁的なProとMaxを冠して上位チップをアピールすることにしたのは、次に触れるシェア奪還に向けた動きと無関係ではないと考えられる。
古い革袋に新しい葡萄酒を入れる理由
「古い革袋に新しい葡萄酒を入れるな」とは聖書のマタイ伝にある有名なフレーズだ。その理由は、古い革袋が破けやすく葡萄酒をこぼすからとされているが、Appleは、あえて古い革袋(筐体)に新しい葡萄酒(M1 Pro & Max)を入れるかのごとく、今回のPowerBook Proに3基のThunderbolt 4(USB-C)ポートを備えるだけでなく、HDMI端子とSDXCカードスロット、そしてMagSafeコネクタを復活させた。それは、従来からのAppleファン以外の潜在ユーザーに対するわかりやすさを重視したためだ。
他メーカーと同じCPUを採用していたときにAppleは、差別化のポイントを、優れたUI/UXによる使い勝手の良さや、自社製品間の連携のしやすさ、独自の周辺チップによる付加機能などに置いていた。それは今も継続的なアピールポイントだが、ハイエンドのクリエイティブ市場などでは、処理能力の高さが絶対的な正義とみなされている実情もある。そのため、かつてはMacの独壇場だったそうした市場でもグラフィック周りのカスタマイズが容易なWindowsマシンが勢力を伸ばし、形勢が逆転している。
しかし、Mシリーズチップの開発に成功したことで、Appleは、その市場を奪還する可能性を確実に手にした。と同時に、本気でクリエイティブ市場を攻略するには、ジョブズ的な理想主義を封印し、クック流の現実主義を採り入れることも必要だったといえる。
それが、従来はAppleにとっては黒子のはずだったCPU&GPU性能を全面に押し出すマーケティングとなり、XでもZでもFusionでもBionicでもない、ProとMaxのネーミングの採用に至ったと推測する。ある種ベタとも思えるこの名称は、わかりやすさでは群を抜き、しかも、見かけ倒しではなく、有無をいわせない性能を端的に表している。これだけの性能を発揮できれば、これまでMac市場への参入を控えていた3DCG系のデベロッパーもmacOS版の開発を検討することは想像に難くなく、Appleも積極的に働きかけを始めていそうだ。
そして、HDMI端子とSDXCカードスロットの復活も、Windowsユーザーの購入判断を鈍らせる可能性のあるネガティブ要因を可能な限り潰すための施策という側面を感じる。MagSafeコネクタは、USB-Cの採用を印象付ける意味もあって一時的に廃止していただけで、他にない特徴として+αの魅力を付加するものだ。
実質的な性能向上に加えて、わかりやすいチップ名称やポート類の拡充は、すべてAppleが本気、かつ万全の体制でクリエイティブ市場におけるMacのシェア奪還に取り組み出したことを示している何よりの証なのである。
しかも、MacのMシリーズチップ化は、先に触れたように、これでもまだ道半ば。この先、Mac Proや最上位のiMacラインに、どのような超弩級チップ(名称候補は、M1 Extreme?)が搭載されてくるのか、大いに楽しみだ。
Apple Musicボイスプランの思惑
最後に、スペシャルイベントで記憶に残った、もう1つの話題として、Apple Musicボイスプランにも触れておきたい。Siriへの声だけの操作でアクセスし、空間オーディオやロスレスオーディオには対応しないこのプランは、基本的には他社のスマートスピーカーを利用してSpotifyのフリープランで楽曲を聴いているようなライトユーザーをターゲットにしていると考えられる。
2020年の音楽配信サービス業界の世界市場シェア(ディールラボ調べ:https://deallab.info/music-streaming/)によれば、1位はSpotifyで31.8%、2位がApple Musicだが14.8%と倍の差がある。この差を埋めるために、無料だが広告が入り、楽曲選択もできないSpotifyのフリープランユーザーに対して、SpotifyやApple Musicの標準プランの半額で、広告なし、楽曲選択可能というサービスを提供しようというわけだ。
これで、どの程度のユーザーを獲得できるかは現時点では不明だが、AppleにとってはSiriの利用頻度が高まれば、音声認識の向上にも役立てられ、さらにはARグラス時代に備えて、ボイスコマンド操作に慣れたユーザーを増やすことにもつながる。そういう副次的な役割も含め、今後のこのプランの動向には注目しておきたいと思う。
- 大谷 和利(おおたに かずとし)
- テクノロジーライター、AssistOnアドバイザー
- アップル製品を中心とするデジタル製品、デザイン、自転車などの分野で執筆活動を続ける。近著に『iPodをつくった男 スティーブ・ ジョブズの現場介入型ビジネス』『iPhoneをつくった会社 ケータイ業界を揺るがすアップル社の企業文化』(以上、アスキー新書)、 『Macintosh名機図鑑』(エイ出版社)、『成功する会社はなぜ「写真」を大事にするのか』(講談社現代ビジネス刊)。
2021.10.25 Mon