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大谷和利のテクノロジーコラム

2020.01.20 Mon

AirPods Proはなぜ一人勝ちできるのか?

TEXT:大谷和利(テクノロジーライター、AssistOnアドバイザー)

今も、大手通販や家電量販店はもちろん、Apple Storeでも品薄状態が続いているAirPods Pro。昨年は、既存のAirPodsラインも含めた販売数が6000万台に達したという分析もあり、ワイヤレスイヤフォン市場で一人勝ちの様相を見せている。今回は、改めてAirPods Proの強さの秘密を考えてみることにした。

カジュアルユーザーを徹底分析

2019年10月に発表されたAirPods Proは、新たにProの名を冠しているが、実際にはカジュアルユーザーをターゲットとし、その購買行動を徹底的に分析して開発されている製品だといえる。Appleのイヤフォン/ヘッドフォン製品としてはBeatsブランドのものもあり、そちらとの棲み分けができることも、AirPods Proの製品としての方向性を絞り込む上で一役買っている。

たとえば、AirPods ProのコアとなっているH1チップは、2019年4月にBeatsブランドから発売されたPowerBeats Proと基本的に同じものだ(ただし、AirPods Proでは外形に合わせてチップ形状を変えている。それができるのも、Appleの強みである)。Apple純正のこのチップは、セットアップの単純化、接続デバイス切り替えの迅速化、音声信号伝達の低遅延化、ハンズフリーでの"Hey Siri"のサポートなどを担当する。

PowerBeats Pro

また、外装デザインの比較からも、耳掛け部分などの要素を除く中心部の構造や形状は、ほぼ同じであることがわかる。実際に音質を比べても、両者にそれほど大きな違いはなく、PowerBeats Proのほうがわずかに低音が強調されて聴こえる程度だ。もちろん、音の受け止め方には個人差があるものの、どちらも水準以上かつ破綻のない音楽再生ができることは確かで、ほとんどの人が不満を持つことはないだろう。

この「ほとんどの人が不満を持つことはない」という部分がAppleにとっては重要で、音楽プレーヤーのiPodの時代から、音質だけに注目すればより優れた製品があったとしても、総合力では常にApple製品が上回る結果となってきた面がある。

さて、AirPods ProとPowerBeats Proは、H1チップによる根本的な使い勝手の面ではほとんど差がないものの、中心部以外の物理的な形状の違いによって、ターゲットユーザーを変えている。PowerBeats Proは、耳掛け部分があることによって激しい動きでもAirPods Pro以上に外れにくくなっており、トレーニングやフィットネスを意識した性格だ。また、その全体形状からバッテリー容量を多くできるため、単体の公称値でAirPods Proの倍となる9時間の連続再生が可能とされる。そうした観点から、PowerBeats Proはよりシリアスなユーザー向けの製品なのである。

ただし、AirPods Proでサポートされたアクティブ・ノイズ・キャンセル(ANC)機能がPowerBeats Proにはない。これに関しては、内部スペースに余裕のあるPowerBeats Proで実現できなかったはずはなく、Appleが意図してAirPods Proに明確な優位点を与えるために差別化を図ったものと考えられよう。

AirPods Proは、一般的なユーザーにとっての優れた音質、接続や切り替えの煩わしさがない使い勝手の良さ、日常遣いに十分なバッテリー再生時間を備え、そこにわかりやすいセールスポイントとしてANC機能を加えたことで、基本的に大きな死角がない製品に仕立てられている。

 Appleブランドの安心感

しかし、それなりのメーカーであれば、多少の味付けや個性の違いはあっても、こうした製品バランスやセールスポイントを考えて製品づくりを行っている。そして、味付けや個性の部分については、マニアックなオーディオリスナーであれば、仕様を比較したり、実際に試聴するなどして、好みに合う製品を見つけ出そうとするだろう。

だが、Appleが対象としているのは、そのようなリスナーではない。詳しいオーディオの知識がなくても安心して選択でき、日常で簡単かつ便利に使えるワイヤレスイヤフォンを必要としている層なのだ。現実に、AirPods Proユーザーの大半は、他社製品と聴き比べをしてからそれを選択したとは考えにくく、CMや記事を見て、最初から決め打ちで購入したものと推測される。それだけAppleブランドを信頼し、とりあえずAirPods Proを選べば間違いないという安心感が、そうさせているのである。

かつてセパレート型のパーソナルコンピュータの黎明期に、メーカー純正のモニターが支持され、サードパーティの製品は安くても苦戦していた時期があったが、多くのApple製品のユーザーにとって、AirPods Proは、それと似ているといえる。他にオーディオの世界で知名度の高い製品があったとしても、Appleブランドのほうが身近で安心できる製品になっているのだ。

Appleデザインのマジックは健在

他社とは一線を画す「AirPods」シリーズのデザイン(左上)
他社とは一線を画す「AirPods」シリーズのデザイン(左上)

そして、当然だが、消費者の中には、流行っているものに惹かれ、自分でも使いたいという層もかなりの割合で存在する。その点でも、Appleはアイキャッチとなるデザイン的な特徴を製品に盛り込む術に長けている。

iPodのときには、オーディオ製品では定番的なカラーだったブラックやシルバーをあえて避けて白いイヤフォンをバンドルしたことで、街中でそれが目立ち、iPodユーザーであることがひと目でわかった。すると、その波に乗ろうとして他のメーカーも白いイヤフォンを付属するようになったのだが、他社製品のユーザーであっても外からはiPodユーザーに見えてしまい、かえってその人気を煽る結果となった。

AirPodsシリーズの特徴的な突起は、アンテナやバッテリー、マイクを収めるための合理的な形状だが、ともすれば耳に隠れて存在感がなくなるところを、ひと目でそれとわかる外観上の個性に仕立て上げている。初期には「耳からうどん」と揶揄されたが、結局は見慣れたことによって評価が変わり、今では誇らしげに装着している人も多いように見受けられる。

さすがに他の大手メーカーには、この突起のあるデザインをあからさまに追従する動きは見られないが、逆に似たり寄ったりの外観で、ブランドロゴがなければ、どこの製品なのかがわからないものが多くなってしまった。

ブランド力で選ばれ、日常的な使い勝手がよく、充分以上の音質でデザイン的にも際立つ。こうした製品であれば人気を集めないほうが不思議なわけだが、AirPods Proは、まさにその領域に達したワイヤレスイヤフォンなのである。

大谷 和利(おおたに かずとし)
テクノロジーライター、AssistOnアドバイザー
アップル製品を中心とするデジタル製品、デザイン、自転車などの分野で執筆活動を続ける。近著に『iPodをつくった男 スティーブ・ ジョブズの現場介入型ビジネス』『iPhoneをつくった会社 ケータイ業界を揺るがすアップル社の企業文化』(以上、アスキー新書)、 『Macintosh名機図鑑』(エイ出版社)、『成功する会社はなぜ「写真」を大事にするのか』(講談社現代ビジネス刊)。
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