レザーファンを虜にする人気の革製品ブランドにはどんな秘密があるのか。知られざる「モノづくり」の世界に迫るモノづくり探訪記第三回では、人気急上昇中の革製品ブランド「m+(エムピウ)」の村上雄一郎さんに取材を敢行。革製品の設計について詳しく教えていただいた。今回は、抜群の使いやすさを生み出す、その設計ポイントについて紹介していこう。
2019年12月9日
●取材・文:編集部 ●撮影:鈴木隆志[P-throb]
機能性と美しさが両立する「m+(エムピウ)」の革製品たち
エムピウの革製品は、財布やカード入れ、ペンケース、ポーチ、鞄など、どれもブランドの個性が光るデザイン性の高いものばかり。編集部にも愛用者がいるが、機能面においても使い勝手がよいと評判だ。
まずは、村上さんの代表作であり、発売開始から10年以上経った今でも人気が上がり続けているというコンパクト革財布「millefoglie(ミッレフォッリエ)」のデザイン性と使いやすさの秘密に迫ってみたい。
● ワンアクションで全体が見渡せる財布「millefoglie(ミッレフォッリエ)」
この革財布の魅力は何といっても、たくさん入れられて、取り出しやすいという点だ。財布を開けると自然に展開する大きなコインケース、厚みのあるカードでもまとめてザクザク入るカードポケット。よくあるコンパクト財布のようにギリギリまで切り詰めることをせず、一日に何回も中身を出し入れする利用者の利便性を考えて作られている。
紙幣の収納方法が少し変わっていて、コインケースの裏側に差し込むような形状だ。ミッレフォッリエを売り出した当初は、この差し込む形状の財布は他になく「少し冒険だった」と村上さんは当時を振り返るが、その構造こそがミッレフォッリエ最大のポイントとなっている。
大きなコインケースを支えるホールド力、紙幣とコインに同じ方向からアクセスできる使いやすさ、安定した状態で紙幣を数えることができる他にはない使用感を生み出しているのだ。
財布の外観を見ると、真鍮のギボシ(留め具)がフラップ部分を固定し、まるで小さな手帳のような雰囲気だ。ここには村上さんの製品設計に対する思想が反映されている。例えば、このギボシは見た目だけを考えて作ったら前面に来るのが普通だ。しかし、前面に金具があるとお尻のポケットに入れたときに邪魔になってしまう。財布を閉じる時にも今の位置の方がうまく引っかかる角度になり、中身がパンパンに入っていてもしっかりと留まる。
村上さんは個性的な革製品を多数生み出しているが、最初から形ありきで作ったことは一度もないという。どれも使い勝手を考えた末にたどり着いたデザインなのだ。
● 使う人のことを一番に考えた、エムピウのコンパクト財布たち
時代の流れに合わせて、よりコンパクトな財布も作られている。薄く小さな財布を設計するには、アレもコレもと欲張らず「どこかを諦める」ことが重要なのだとか。
二つ折り財布「piastra(ピアストラ)」では、全体を薄くするためにコインケースを大幅に小型化した。しかし小さい上にマチのないポケットでは、コインがあまり入らないので一枚の革をペタンと貼り付けるのではなく、革を折り返して縫い付け、表にも裏にも膨らみやすい形状にしている。カードポケットも、クレジットカードなどがピッタリ入るサイズより2mm大きく作り、厚めのカード類が5枚程度は収納できるようにした。
札入れの部分を覗いてみると、一枚の仕切りが縫い付けられているのが見えるが、これには二つの目的がある。一つはこのポケットに合わせて紙幣を収納することで紙幣がちょうど真ん中で折れ曲がり、気持ちよく収納できること。もう一つは紙幣とは別にレシートや領収書を挟む場所を設けることだ。
さらにコンパクトな三つ折り財布「straccio(ストラッチョ)」では、コインケースの厚みを抑え、フラップや留め具も最小限に絞っている。三つ折りにしてスナップを留めると、コインケースも札入れもまとめて閉じる構造だ。
今回見せていただいた商品は牛革を使ったものだが、このストラッチョは最初安価なゴート(山羊革)を使って作っていたそうだ。ストラッチョとはイタリア語で「端切れ」「ぼろ切れ」と言った意味で、気負わず気軽に持ち歩ける財布として作られた製品である。
カードポケットの余裕はこちらもぴったり2mm。厚みを抑えるために立体的なコインケースは設けられていないが、日常使いに必要な収納力はしっかりと備えている。
ファスナータイプのコンパクト財布「zonzo(ゾンゾ)」は、「ピアストラ」や「ストラッチョ」よりも前に設計された製品だ。ファスナータイプの財布を小型化しようとすると、どうしても札入れが犠牲になやすく、紙幣は折ってから入れる形になることが多いが、この製品には中央に紙幣を挟み込むための一枚革が配置されている。
おつりで紙幣を受け取ったらまとめて挟み込み、支払う時はペラペラと数えながら必要な枚数だけ引き出すという使用感は村上さんのこだわりの一つだ。エムピウの財布には紙幣を折ってから収納するタイプの製品は一つもない。
● 一枚革で巻くペンケース「rotolo(ロトロ)」
エムピウの革小物は財布だけではない。こちらは一枚革の中にペンを入れて円筒状に巻き付け、ギボシで留めるというシンプルさがカッコいいペンケース。バンドの一部がゴムになっているので、文具が多い人はたくさん入れられ、少ない時でも隙間ができにくく中身がガチャガチャと踊らない。個々の用途に合わせた利用が可能だ。
内側には必要最低限のマチが付いていて、ペンを受け止める。このマチの部分にも重要な設計ポイントが隠されている。巻いたときにスリムに収まるように、表の革と内側のマチが重ならないように作られているのだ。
● 着脱の動作を極めた「2」の字金具の本革ベルト「DUE(ドゥエ)」
DUEはイタリア語で「2」という意味。バックル金具が「2」の形状をしているのでこの名前がつけられた。バックルにベルトを通さなくても、片側からひっかけて引っ張るだけで“ポンッ”と気持ちよくはまる。外すときにもベルトを持ち上げるだけで“ポロリ”とはずれる。
この金具の構造が最初に閃いて、最終的にベルトへと落とし込まれた製品だそうだ。実演していただくとその着脱のスピード感に驚く。リュックや時計のベルトにしても良いと思ったが、ベルトが一番しっくりきたそうだ。
独自性のあるデザインはどこからくるのか?
どの製品もとてもユニークで、ほかにはない抜群の使いやすさが追及されている。このような個性溢れるデザインを、村上さんはどのように考えだしているのだろう。さぞかし造形にこだわって、デッサンや試作を重ねた上で完成品を作り出しているに違いない。そんな予想を胸に質問をぶつけてみると意外な答えが返ってきた。
「僕はデザインをしているつもりはないんです。使いやすいようにと考えて作っていくと自然と調和がとれた形に辿り着く。装飾も派手なブランドロゴも必要ないし、構造もなるべくシンプルな方が壊れにくくていいと思いますよ」
最後の調整段階でも、機能的な調整はするが「この方がカッコイイから」という理由で手を入れることは絶対にしないという。村上さんは、一級建築士から転身するという異色の経歴を持つ革職人である。見た目をあれこれ考えるのではなく、緻密な設計の上に成り立つ機能美がエムピウというブランド最大の魅力だ。
これからの「エムピウ」が目指すもの
最後に、考案中の新製品について、ちょっとだけ教えていただいた。1つ目は、財布とスマホとあと少し何かが入るサコッシュのような用途のもの。そしてもう一つは新しい小型財布だそうだ。
エムピウのコンパクト財布には、「ミッレフォッリエ」をはじめとするいくつかの定番商品があるが、それらとも違った、もっとラフに使えるものが作りたいのだという。
試作を重ねているものの、完成はもう少し先になりそうとのこと。明日ひらめくか、もしくは数年後になるのか、それは村上さん自身にも分からないが、エムピウの新作なら、他にはないユニークな製品が生まれてくるに違いない。新作の登場が今から楽しみである。
「m+(エムピウ)」
https://m-piu.com/
一級建築士だった村上さんが、イタリア留学を経て2001年に立ち上げた革小物ブランド。2006年12月より東京・蔵前にアトリエ兼ショップを構えている。
2019.12.09 Mon