今回展示されている作品の中には、神話や古典を主題としたものや、画家たちの想い、画壇でのエピソードなどが潜むものも数多い。本記事では名作に隠されたさまざまな物語と共に、ラファエル前派および周縁画家たちの作品を見ていきたい。
2019年3月27日
(取材・文/編集部)
《本展に登場する画家たち》
ジョゼフ・マラード・ウィリアム・ターナー(以下、ターナー):1775年生まれ-1851年没
ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ(以下、D.G.ロセッティ):1828年生まれ-1882年没
ウィリアム・ホルマン・ハント(以下、ハント):1827年生まれ-1910年没
ジョン・エヴァレット・ミレイ(以下、ミレイ):1829年生まれ-1896年没
ジョージ・フレデリック・ワッツ(以下、ワッツ):1817年生まれ-1904年没
エドワード・バーン=ジョーンズ(以下、バーン=ジョーンズ):1833年生まれ-1898年没
ほか
当時のロイヤル・アカデミーでは、盛期ルネサンスを代表する画家/ラファエロ・サンティ以降の絵画表現が理想とされていた。これに対して、“ラファエロ以前”への回帰を訴え、中世美術のように分かりやすく誠実な表現を取り戻そうとしたのが「ラファエル前派」の画家たちだ。
7名の画学生たちによって結成された、この「ラファエル前派」グループの結束はわずかな期間にすぎなかったが、芸術の在り方を正そうとしたこの小さな動きは、やがて美学もさまざまで一体意識のほとんどない画家たちを巻き込んだ大きなグループへと変化し、イギリスの美術・芸術を活性化させていくこととなる。
同じころ、フランスのパリでは日本でも人気の高い、クロード・モネ、ピエール=オーギュスト・ルノワール、ポール・セザンヌ、といった印象派の画家たちが頭角を現している。ジョン・ラスキンが、熱烈な賞賛を送ったイギリスの風景画家・J.M.W.ターナーも、印象派に影響を与えたとされる画家だ。本展はこのJ.M.W.ターナーの絵画と、ジョン・ラスキン自身が手掛けた数多くの素描からスタートする。
妻を追って冥界に入ったオルペウスは音楽の力を借りて、死者の国の皇帝と皇后を説得し、エウリュディケーを生者の国へ連れ戻す許しを得る。しかし、エウリュディケーの救出が完了するまではふたりとも互いを見てはならないという条件が出されていた。もう少しで地上に出るというとき、オルペウスは妻の体力が弱っていないか心配でどうしてもその姿が見たくなり……。振り返ってしまったオルペウスと、一直線に深淵へと滑り落ちていく瞬間のエウリュディケーの悲劇的な瞬間が描写された作品だ。(写真右)
トラキア王の娘のピュリスは、愛するデーモポーンに捨てられて絶望し、命を断とうとするが、奇跡によってアーモンドの木に変えられていた。そして心から後悔したデーモポーンがその木を抱きしめると、幹からピュリスが姿を現し、愛情深い赦しを与えて彼を腕に包み込む。肉感的な男女の肢体と悩まし気な表情がとても印象的な一枚だ。
この主題は同作以前にも、旧水彩画協会に出品された「ピュリスとデーモポーン」という作品に描かれており、バーン=ジョーンズがこの主題を描くのは二度目となる。最初に出品した際には、男性ヌードがスキャンダルとなってバーン=ジョーンズは旧水彩画協会を辞任。その後7年、公的な展示から身を引くことなった。
ミレイがこの作品を描いたのは、ミレイとジョン・ラスキンがスコットランド高地へ旅をした時のこと。絵のモデルはラスキンの婦人エフィである。生き生きとした自然描写の中に偶然写り込んだスナップ写真のように、裁縫に夢中になる女性が描かれている。
ミレイはこの高地滞在で、親友の妻であるエフィに恋をした。この時、ミレイとエフィは非常に長い時間を共に過ごしたという。この絵も、恋に夢中になった画家が、気持ちを抑えきれずに思わず恋人の姿を描き入れてしまったかのような、心和む親しみのある記録となっている。
同展のメインビジュアルにも採用された、ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ作「魔性のヴィーナス」、先に紹介したジョン・エヴァレット・ミレイの「滝」、ウィリアム・ホルマン・ハント作「甘美なる無為」などもすべてこの部屋の展示作品だ。
しかし、実際の作品を鑑賞してみると「粗雑さ」を感じる要素はどこにも見受けられない。こぼれ落ちんばかりに咲き乱れる前景のスイカズラには緻密な描写が見られ、艶やかなヴィーナスや背景に生い茂る薔薇も入念な筆運びで丁寧に描かれている。画家にも鑑賞者にも好みはあるであろうし、そのタッチや色使いが批判されること自体は不思議ではないが、この作品が「粗雑」と批判されたというのは、いかにも不可解である。
実はD.G.ロセッティには、以前に手掛けた作品を大々的に描き直すという、評判のよくない「癖」があった。加藤氏は他にも、カタログ・レゾネに残る記載や、習作との相違点、モデルが異なる点などを上げ、この作品が2回に渡って大きく描き直された可能性について指摘する。つまり、ラスキンが「粗雑だ」「嫌悪を感じる」と非難したとき、視線の先にあったのは、今とは大きく異なる「魔性のヴィーナス」だったというのである。
この二度目の変更については、のちに競売で本作品を見たウィリアム・マイケルという人物が、落胆とともに「花などの付帯的なモティーフと人物像との調和や一体感がひどく損なわれ、全体の構想や描き方における溌溂とした感じや伸びやかさが減じられていた」と評している。また、以前の作品は「大胆で自由な表現」が画面全体に見られたとも。時を遡ることができるのであれば、描き直し前の作品がどのような姿をしていたのか、一度見てみたいものである。
https://mimt.jp/ppr/
期間:2019年3月14日(木)~6月9日(日)
開館時間:10:00~18:00 ※入館は閉館の30分前まで(祝日を除く金曜、第2水曜、4月6日、6月3~7日は21:00まで)
休館日:月曜日(但し、4月29日、5月6日、6月3日とトークフリーデーの3月25日、5月27日は開館
場所:三菱一号館美術館(JR東京駅近く)
問い合せ先:03-5777-8600(ハローダイヤル)
入館料:一般 1,700円、高校・大学生 1,000円、小・中学生 無料