
生活に密着した消費財である「マッチ」は、市井の人々にとって頻繁に目にするアートであり、時局や流行を敏感に反応するデザインだったのである。同展では着火具としてのマッチの歴史や、骨董価値の高い着火具なども紹介しているが、この記事では消費用のマッチ箱やラベルに焦点を当てて紹介してみたい。
2019年6月5日
(取材・文/編集部)
大量のマッチを海外へと輸出することになった日本では“海外向け”のマッチラベルが必要になった。国内販売用のマッチは、天狗、金太郎、弁慶、旭日など日本で親しまれている図案が多かったが、海外向けにはどうしたのか? なんと、当時デザイン性の高さで定評があったスウェーデン製のマッチラベルを、ほぼそのまま模倣してしまったのである。
下図は、スウェーデンのラベル(左)と、兵庫県製の初期輸出用ラベル(右)の比較展示。「Säkerhets-tändwtickor」とは、安全マッチを意味するスウェーデン語だが、その文字や字形、配置、意匠までがほぼそのまま使用されている。

左:スウェーデンのラベル
右:兵庫県製の初期輸出用ラベル
その後、1917~19年頃をピークに大量に輸出されていったマッチのラベルは、日本的な要素が加味されたり、輸出先の好みが反映されたりして、徐々に独特なデザインが生み出されていく。
中国向けには福・禄・寿に通じるモチーフや、原色に近い赤・黄・緑を組み合わせた配色。1912年の中華民国成立を祝って、中華民国の国旗である五色旗や革命時に使われた十八星旗、辛亥革命の“革命三傑”と言われた孫文・黄興・黎元洪の肖像など、中国の時局を反映したものが見受けられる。
インド向けの輸出品は、電気銅板による版の複製が可能になった1910年代に多く作られたこともあり、四色刷の精細なものが多い。図案は、ヒンドゥー教の神話に取材したものや、マハトマ・ガンジー像など。青い肌の神は、ヒンドゥー教の神のなかでも、とくにインド人に愛されているクリシュナだ。

中国に輸出されたマッチのラベル

インドに輸出されたマッチのラベル
「象ベスト」は、1887年に日本燐寸製造の創業者・直木政之介が同業の秦銀兵衛(はた ぎんべえ)から譲り受けた商標で、1889年に商標登録もされているが、発売されるや否やすぐに類似品が登場している。加藤豊著「マッチラベル博物館―近代日本のグラフィズム 加藤豊コレクション」によると、実に26種の類似商標が出回ったそうだ。

「象ベスト(上)」と「類似商標(下)」
「象ベスト」の商標権を持つ直木は、自ら類似商標の指名手配に乗り出し、1891年には農商務大臣に直談判して、摘発した類似商標の登録権を取り消させたとの逸話が残されているが、真偽のほどは明らかになっていない。
国内用、輸出用を問わず、アーチ型の帯にブランド名を入れたデザインは、その後も数多く製造されている。ヨーロッパで「リボンスタイル」と言われるパターンに近く、英文字との相性も良かったようだ。

「尾長猿印」

ブックマッチも忘れてはいけない。ブックマッチは戦前から作られていたようだが、戦後になって現代に近い形へと定着したようだ。

戦前・戦後の広告用マッチ

戦前のブックマッチ(上)と戦後のブックマッチ(下)

歯磨き粉やお菓子の箱を模したマッチも作られていた
ここまで見てきたマッチラベルは、いずれも有名デザイナーが手掛けた珠玉の作品というわけではなく、謂われも様々だ。しかし、だからこそ面白い。5センチにも満たない小さなラベルの中には、時代が求めたデザインが詰まっているのである。

https://www.jti.co.jp/Culture/museum/index.html
たばこと塩に関する資料の収集、調査・研究を行い、その歴史と文化を常設展示を通して紹介する企業博物館。幅広いテーマを取り上げた多彩な特別展も年に5回程度実施している。運営はJT。



