知られざる「モノづくり」の世界に迫るモノづくり探訪記第二回は、古くから人々に愛されてきた天然素材「革」そのものに焦点を当て、その使い勝手や特性、魅力に迫る。一口に革といっても、動物の種類や加工方法によって厚みや柔らかさ、耐水性、撥水性、通気性、表面の肌触りなど極めて多様な「革」が存在する。
今回は、皮革関連事業者が多く集まる浅草界隈でも随一の商品数を誇る革問屋・久保柳商店さんにお邪魔して、様々な革の種類とその製法について伺った。
2019年10月16日
●取材・構成・文:編集部 ●撮影:鈴木隆志[P-throb]
革の種類を知ろう(牛・豚・馬・羊・山羊・鹿など)
まず、主要な革素材について紹介していこう。革とは本来捨てられていた家畜の皮の部分を、人間の知恵と技術で「皮(スキン)」から「革(レザー)」へと変化させたものだ。そのため、古くから身近にいる牛や豚、馬、羊、山羊、鹿などが広く活用されている。
丈夫で組織が均一な「牛革」、通気性のよい「豚革」、柔らかい「羊皮」や「鹿革」など、動物の種類によって特性も異なり、作りたい革加工製品に適した加工を施して使用するのが一般的だ。特に牛革は世界中で愛用されており、牛の月齢によって細かく分類され、様々な分野で魅力的な革製品へと生まれ変わっている。
<革の種類>
牛:繊維組織が比較的均一で、強度、耐久性に優れ、仕上がりも美しい。月齢によって呼び方が変わり、生後6か月以内を「カーフ」、生後6か月~2年以内を「キップ」、生後2年以上のオス牛を「ステア」、生後2年以上のメス牛を「カウ」、さらに生後3年以上のオス牛を「ブル」と呼ぶ。月齢の若いものの方がキメが細かく傷も少ない。
豚:革の表面に三つずつ並んだ毛穴がまとまって全皮厚を貫通しているため、通気性に優れ、毛穴由来の凸凹の多い銀面※1を持つ。軽くて薄く、摩擦に強い性質があり、靴の中敷などに利用されることも多い。豚革は日本国内で唯一自給自足できている皮革で、海外にも輸出されている。
馬:牛革と比べると強度は落ちるが、その分柔軟性に富んでいる。表面は毛穴数が少なくなめらか。中でも「コードバン」と呼ばれる重量馬の臀部の革は、空気も水も通さないほど繊維が緻密で硬く、美しい光沢をもつ。
羊:キメが細かく手触りがよいのが特徴。繊維同士の絡みが緩いため、鞣されると柔軟な革になる。繊維が荒く、強度が必要な革製品には向かない。
山羊:表面に独特の細かなシボが見られるのが特徴。革は薄いが弾性繊維の密度が濃く強度がある。銀面は耐摩耗性に優れ、柔らかいが丈夫で型崩れしにくく、水や湿気にも耐性がある。
鹿:柔らかで手触りがよく、耐水性、通気性ともに優れている。銀面は傷が多く硬いため、除いて使用されることが多い。植物油でなめしたものはセーム革と呼ばれ、水分を吸収しやすいながらも硬くならず、伸びて元に戻る性質があるため、レンズや自動車磨きなどにも使用される。
これ以外にも、独特な模様を持つワニ、トカゲ、ヘビ、オーストリッチ(ダチョウ)などが流通しており、これらはエキゾチックレザーと呼ばれている。
このように原皮だけでも、様々な特徴を持つ革素材だが、動物の原皮が革製品作りに使える「革」になるまで、どれほどの工程があるかをご存じだろうか。
皮革素材は、タンナー※1の手で皮から革へと変化する中で、無限のバリエーションを持つことになる。
※1 銀面:革は「銀面」と「床面」の2層からなる。銀面は表皮側の組織のこと。
※2 タンナー:動物の「皮」を腐らないように処理し、素材として使える「革」に加工する職人、または業者のこと
無限のバリエーションを持つ「革」素材
久保柳商店が取り扱う皮革素材は、人気のイタリアンレザーなど一部インポートものもあるが、全体の7~8割がオリジナル商品で構成されている。定番の75商品に加え、半年に一度トレンド商品を2~30商品発表し、取り扱う商品数は常時300商品ほど。
顧客もアパレルやバッグ小物、靴業界、時計バンドやベルト、家具、インテリア商品まで幅広く、ヌメ革が好きな人から、ファッショナブルな加工革を好む人まで多種多様だ。これらの需要にこたえるために、久保柳商店では20社近いタンナーと取引して皮革素材を作り上げているという。タンナーにも得手不得手があるため、得意分野にあわせて住み分けているそうだ。姫路のタンナーで鞣した後、墨田区の加工工場で後半の仕上げを行うといった、複数個所を経由して仕上がる商品も多い。
●こだわりのオリジナルレザー
例えば、深く鮮やかな青が美しい『AWA AI [阿波藍]』は、藍の本場・徳島の技術を使って作られた藍染めの革。天然の革という素材を、これまた天然の藍で染めるというのはとても難しいそうだが、徳島の藍染屋との出会いによって奇跡的に実現したという。
この商品も、姫路のタンナーで鞣しまでの加工を行った後、徳島で染色、もう一度姫路に戻ってトップのコーティングを行うという複数のプロフェッショナルの技によって作り上げられている。それまで布の染色を手がけてきた藍染屋が本革を染色する技術を確立するまでには3年の月日がかかったそうだ。
草木染の革「ボタニカルレザー」シリーズはこの後、桜や屋久杉、栗、槐(えんじゅ)、茜(あかね)などバリエーションを増やし、今年から本格的な販売が開始されている。オリンピックを前に日本の風土が感じられるこうした商品は需要が高まりそうだ。ブランドにとっても、ストーリーがあるオリジナル皮革は大きな武器になるに違いない。
これは高級絹織物・大島紬などで知られる、奄美大島の“泥染め”で作られた革。
大島紬というと華やかさを抑えたシックな色柄を思い浮かべるが、泥染めの革はなかなかの迫力だ。近寄ってみると、表面の革らしい表情が巧みに生かされていて、泥で濃く染まった部分と薄茶の部分のコントラストが深い味わいを生み出している。大きな家具などを作っても、財布やパスケースのような小物を作っても、泥染めの個性を生かしたオンリーワンの革製品が作れそうだ。
他にも、職人がフリーハンドで染色した革や、和紙を圧着して作った革、金色の箔貼りレザーなど、久保柳商店にしかないオリジナルレザーが多数作られている。
新作のオリジナルレザーはどのように生まれてくるのか
先にも述べたように、久保柳商店では半年に一度というハイペースで次々と新商品の投入が行なわれている。ごく一部を見ただけでも、そのオリジナリティと企画力は実感できるが、このような新作の革のアイデアはどこからくるのか? 自身も新作革の企画を手掛けているという久保柳商店のセールスマネージャー、清水彰敏氏に新商品発表までの流れについて聞いてみた。
まず、世界の皮革素材のトレンドは、昔から革産業が盛んなイタリアで行われる「リネアペッレ」という革の展示会が起点になっているという。ここでは40ヵ国以上、約1200社が出展し、新しい加工技術やトレンドカラー、人気のテクスチャなどに世界中の注目が集まる。
しかし、「リネアペッレ」で人気のあった皮革素材が、そのまま日本で支持されるかというとそうではない。もともと高温多湿な日本では、使いやすい革、メンテナンスのしやすい革というのが異なるし、人気傾向も全く同じではないからだ。日本の皮革素材のトレンドを決めるのは、年に2回、都立産業貿易センター(東京都台東区)で行われる「東京レザーフェア」だ。
久保柳商店では、リネアペッレで世界のトレンドを掴みつつ、日本の市場を踏まえた独自の商品開発を行い、この「東京レザーフェア」で新作を発表する。さらに、自社のショールームで個展や新作発表会を開くなどして、顧客となるブランドや小売店に広めていくそうだ。
●カスタマイズにも対応できるのが、オリジナルレザーの強み
新商品を発表し、定番のオリジナルレザーや人気のイタリアンレザーなど約300点におよぶ豊富な商品を取りそろえる――だけではないのが久保柳商店のすごいところ。下の写真はいずれも久保柳商店で人気のあるオリジナルレザーだが、こういった商品からさらにアレンジしたいという顧客がいれば、その要望にも応えるという。
【久保柳商店の人気商品】
例えば、欲しいテクスチャの革に欲しい色がなければ、相談すれば作ってもらうことができる。革の厚さは0.1mm単位で調節可能。革の柔らかさもオイルの含有量や乾かすときの工程で調節することができる。撥水・防水加工や、表面を均一にする顔料仕上げをお願いすることも可能だ。
ロット数やオーダーの内容にもよるが、久保柳商店のショールームで様々な革を見て、コレ!というイメージが固まったら、その通りの革をオーダーメイドで作ってもらうことができるのだ。20社近いタンナーをはじめとする豊富な加工業者と協力し合い、オリジナルレザーを作り上げている久保柳商店だからこそできるサービスである。
革素材をアレンジするなら把握しておきたい! 加工方法の違い
・「撥水」と「防水」
防水と撥水は似たような言葉に思えるが、革の加工工程においてこの二つは全く別物だ。撥水加工はトップにコーティングするもので、水は弾くが空気は通す。防水加工は鞣しの段階で防水剤を入れるため、水も空気も通さない。革は水に濡れたままにしておくと、シミや水ぶくれ、色落ちなどを引き起こす場合があるので、用途に合わせた加工が必要だ。
・「顔料」と「染料」
「顔料」染めは革の表面に色を乗せる方法、「染料」染めは革全体を染料に浸して染める方法。顔料染めは鮮やかな色も表現しやすく色落ちしにくい。革の自然な風合いは弱まるが、表面の傷やシワなどが目立たなくなり、どのような色でも均一に仕上げられるので、安定したクオリティの革素材が作れる。一方、染料染めの特徴は染料が革の繊維の奥まで入り込み、表面に革の風合いを残したまま染められること。革を浸して染める方法を丸染と言い、銀面だけ染める丘染という染色方法もある。
●本物の革に触れて、はじめてわかる魅力
久保柳商店のショールームを訪れると、カタログだけでは見えてこない、様々な革との出会いがあるのも面白いところだ。大判の馬の革を広げて見ると、生きていた頃の焼き印がそのまま残っている。このワイルドさを生かした製品が作りたいと、あえて焼き印痕が残った馬の革を要望する顧客もいるそうだ。
革のダイヤモンドと言われる「コードバン」は、生で見るとやはり抜群に美しい。表面の滑らかな光沢はもちろん、透明感のある色合いが、他の革とは一線を画す気品を漂わせている。このコードバンの染色は千葉県柏に拠点を構える「レーデルオガワ」によるもの。日本ではここでしかできないと言われている。
●エコロジーへの取り組みも
通常は破棄してしまう部分をつかったエコロジーな革も見せていただいた。
革は、表側の「銀面」と裏側の「床面」いう2つの層からできており、通常は床面の側を削り落として革を厚みを調節するのだが、久保柳商店では、通常は破棄してしまうことが多い、この床面のみを使用した革を商品化している。
銀面がないため、ザラリとしたテクスチャに仕上がっているが、独特のクラック感があって面白みのある革素材だ。使い所によってはお洒落な革製品が作れそうである。商品化に当たって、「屈曲」や「引き裂き強度」といったテストも実施しており、強度にも問題はない。サンプルとして作られた靴を触らせていただいたが、しっかりとした作りの革靴であるように感じられた。
このように、原材料となる動物の皮、使用する部分、加工方法によって、革は様々な表情を見せてくれる。そして「革」の魅力はなんといっても長く愛用できることだ。生き物の皮から作られた「革」は、化学繊維を使った製品の様に時間と共に劣化していくのではなく、使っていくほどに味がでたり手に馴染んできたりと持ち主とともに成長していく。
コスト面でも高価なものから気軽に使えるリーズナブルなものまで幅広いが、大切なのは自分に合った革を見つけることだ。使いやすく長く愛せるあなただけの革製品をぜひ探してみてほしい。
久保柳商店
http://kuboryu.com/
1942年(昭和17年)創業。浅草に店舗とショールームを構える革卸問屋。商品アイテム数、カラーバリエーションが多く、小ロットからの対応や、皮革素材のカスタマイズにも対応してくれる。
2019.10.16 Wed