本物の「革」の魅力を知る、体感する。
~ 革工房「analogico(アナロジコ)」 ~

訪れたのは都内にショップ兼工房を構える革鞄工房「analogico」(アナロジコ)。良質の革製品が生まれる秘密と、モノづくりのクリエイティブについて、アナロジコ代表・鞄職人の末吉隼人氏に伺った。
2019年7月26日
●取材・構成:編集部 ●文:渡辺まりか、編集部 ●撮影:鈴木隆志[P-throb]


アナロジコ店内


革製品では、素材の特性がそのままビジュアルや使用感に関わるため、作り手はもちろん、購入者は自分好みの製品を選ぶ際に大きなポイントとなる。アナロジコの製品のほとんどに使われているのは、イタリアのタンナー(製革業者)、La Perla Azzurra(ラ・ペルラ・アッズーラ)社のMissouri(ミッスーリ)という、ナチュラルな風合いが特徴の貴重な革素材だ。「この革を使って、自分だけの製品を作りたいと思ったのが、自分の工房を立ち上げるきっかけでした」と末吉氏は語る。(※革素材の詳しい解説はこちら)
La Perla Azzurra社の革に出合って作りたいという欲求に駆られたように、今も末吉氏の「作りたい」は革素材からはじまっている。デザインの構想に合う革を探すのではなく、革からインスピレーションを得て、その革素材が引き立つものを作るという。
こうした天然にこだわったナチュラルレザーは、色ムラがあったり、傷がつきやすい面もあるが、それも風合いの一つになる。アトリエショップを訪れる常連客たちも、そんな生き生きとした革の魅力に惹かれて購入していくようだ。

アナロジコで使っているイタリアのナチュラルレザー「Missouri」。国内では一般的に牛の背骨部分で左右に切り分けた「半裁」と呼ばれる形で製革を販売しているが、末吉氏は使いたいショルダー部位だけを購入している。半裁の凸凹とした形ではなく、ほぼ四角に整えられているのが特徴的だ
自然な風合いを生かしたカラードレザー
アナロジコには、カラードレザーを使ったアイテムもあるが、こちらも革本来の風合いが残っている。その理由は、「トップ」と呼ばれる色調整用の仕上げを施していないから。

トップを施さず、下染だけで仕上げられたMissouriのカラードレザー。シボやトラ(首から腹にかけて出るシワ模様)などの風合いがそのまま残っていることがわかる
また、天然の素材だけでなめす※1、タンニンなめし※2の革を使うのもアナロジコのこだわり。流通量の大半を占めるクロムなめし※3の革は、扱いやすく、品質も均一に保てるが、革本来の表情を楽しむならタンニンなめしの革が一番だという。特にトップを吹き付けていないタンニンなめしの革には、革の持つ自然な表情がそのまま表れるからだ。
※1 なめす:動物の皮を薬品などで処理して、長い間腐敗せず柔軟性を保つ状態にすること
※2 タンニンなめし:植物由来のタンニン(渋)を使ってなめしした革
※3 クロムなめし:化学薬品を使ってなめした革。現在流通する革製品のほとんどがこのクロムなめし
そんなタンニンなめしは「刻印」の焼きも美しく表現する。「タンニンなめしだと刻印もきれいに入ります。これもタンニンなめしの革を気に入っている理由の一つですね」(末吉氏)

タンニンなめしの革への刻印作業。熱した真鍮を、箔押し機で革に押し当て焼きを入れる

クロムなめしの革。同じように刻印しても焼きが入りづらい
①裁断

製品のパーツとなる型紙を置いて、先を丸めた目打ちで軽くなぞり、目安となる線を轢いていく。革繊維の方向を読みつつも、一枚の革を無駄なく使えるよう取っていくのは、熟練した職人でないと難しい

裁断も手作業で。末吉氏は迷いなくスピーディーにカットしていた。一太刀で裁断しきることが重要、力の入れ方にも経験が必要だ
「革には繊維の方向があって、部位によって密度も異なるので、完成品をイメージして、それぞれのパーツごとに最も合う部位を無駄なく切り出さなければなりません。目に付きやすいメインパーツにはきれいなシボの出る場所を当てるといったように。
また、革の繊維の読みを間違えると、使用しているうちに不必要に伸びてしまいます。トートバッグなどでは、口の部分が伸びてしまったらみっともないですよね。そうならないように、計算して裁断するのが難しいんです」(末吉氏)
②コバ磨き

磨く前(上)と後(下)のコバ(革の裁断面)の比較。ゴシゴシと力を入れて磨くと発生した熱でワックスが溶けてコバに染み込み、美しい艶が生まれる。と同時に、角も取れて手触りが良くなる
③革漉き~糊付け~縫製
裁断、コバ磨きの工程を経たら、次は形にしていく作業に進む。まずは革漉き(かわすき)。これは厚みのあるMissouri革の裏側を削いで、薄くする作業だ。縫い合わせたときに厚みが出すぎないよう、また折り曲げた際に立体感が出るようにするもの。
革漉きの次はラバーで糊付けをする。いわゆる「仮縫い」のような工程だ。その後、専用のミシンを使って縫製を行う。

革漉きを行っているところ。革漉き機を使って革の裏側を削いで薄くしていく。この作業によって縫い合わせたときに厚みが出すぎず、きれいに立ち上がる

ミシンで縫製をしているところ。太い番手の糸を使うこと、返し縫いをしっかり行うことで、長く使える製品になる

男性でもかなり力を使うひっくり返しの作業
⑤整形

先が丸くなった木の棒を使って、角の部分など細部を丁寧に整える

表側に出過ぎてしまうことも。そのような場合は外側からヘラを使ってバランスよく整える

単にひっくり返しただけのものと、細かな調整を行った後のもの。整形によって、これほど違いがあるのだ
製品が完成してもそれで終わりではない。アナロジコでは、製品づくりの一環として欠かせないのが「改良」。例えば、人気の定番商品である『L字ファスナー財布』も、半年ほど前に改良を施したという。
「このままでも使いやすいのですが、外縫いにして、マチを付けたらもっと使いやすいのではないかと思い立って、試しに作ってみたんです。すると小銭がたくさん入り取り出しやすい。定番商品はこちらに切り替えました。一度定番になった商品を変えるのは、Web上の掲載写真を変えたりしないといけないので大変なのですが、より良いことに気づいてしまったら、もうやるしかないんですよね」(末吉氏)

左が改良後のL字ファスナー財布。縫い目が見えることから、外縫いなのがわかる。またマチがついたおかげで、開口部も大きくなった
縫製の時に使う糸にも意味がある。末吉氏が工房で使うのは、0番手から1番手という極太の糸。アナログを名前の由来とする「アナロジコ」らしい温もりやクラフト感を見た目に添えるだけでなく、丈夫さも担保する。「細い糸は切れやすいですから。太い糸で縫うのは大変だけど、長く使えるようにするためには必要なことだと思うので、アナロジコでは主に0番手と1番手の糸を使っているんです」(末吉氏)
トートバッグやリュックに、革製品でよく目にする布などの裏地を付けないのも、長持ちさせるためだという。布は革より弱いので先に擦り切れてしまう。壊れやすい要素はできるだけ排除しているのだ。
流行に左右されないシンプルな造形もそうした思いの表れ。いっときは装飾に惹かれても、それに飽きてしまったら使わなくなる。古着屋で魅力を放つ鞄のような、この先もずっと使えるデザイン。「私が作るものは全部、四角と三角と丸という普遍的な形で出来ています。装飾面で自分の個性を入れてしまうと、飽きてしまうので、使う人の一部になるようなデザインを心がけています」(末吉氏)

定番製品のひとつ『四角リュック S』を例にしながら語る末吉氏。使い込むほどに味が出る皮革製品だからこそ、リペアしながらでも長く使ってほしいという
この新たなシリーズは、La Perla Azzurra社がイギリスのブライドルレザーという革の製法を取り入れて製革した『アラスカ』という革素材を使ったもの。定番のMissouriにワックスをたっぷりとかけて白くしており、使い込むうちにワックスが溶けて革に染み込み、その後は通常のMissouriのように飴色に変化するという、3段階の革の表情を楽しめる製品だ。

ワックスが厚めにかけられているため、白っぽいのが特徴的な『アラスカ』を使った限定商品。使い始めは雪が積もったような状態だが、次第にナチュラルなMissouriの色味と風合いが現れ、使うほどに飴色に変化するエイジングが楽しめる

終わりに、革のプロである末吉氏に皮革製品のお手入れのコツを聞いてみた。基本的にはアナロジコで扱っているタンニンなめしの革素材を使ったものが対象となるお手入れ方法だが、お手持ちのアイテムにも当てはまるものがあるかもしれないので、参考にして欲しい。
デイリー:使い終わったら乾拭きをして埃や油脂などを落とす。何かの拍子に付いた汚れや、角の黒ずみなどは柔らかい消しゴムで消すとよい。その際、力を入れすぎると革が白っぽくなるので注意する
スペシャル:3カ月に一度ほどの割合で皮革用オイルを塗り込む。必ず乾拭きした後の乾いた状態で、布にとったオイルを少量はたくように付けてからなじませるように塗るのがコツだ
エマージェンシー:雨などで濡れてしまった場合は、できるだけ速やかに水を拭き取る。拭き取りが遅れて、水シミができてしまった場合は、周りも濡らしてスポットの水ジミが目立たないように。よく乾燥させたら、ワックスを塗り込む

https://analogico.jp/
代表の末吉隼人氏の叔母が使っていたという代々木のアトリエを受け継ぎオープンさせた、東京・代々木の革鞄工房。制作の全工程を一貫して手作業で行う「アナログな鞄づくり」にこだわり、革本来の自然な風合いを生かした製品づくりを行う。店舗販売のほか、定番商品はインターネットからも購入できる。