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リーディングカンパニーのWeb戦略に迫る 第7回 ヤマハ

2024.4.26 FRI

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リーディングカンパニーのWEB戦略に迫る


第7回 ヤマハ







ヤマハ株式会社
eヤマハ室 室長
長谷川 豊 氏


音楽ユーザーとのタッチポイントとして
トータルWebサービスを目指すヤマハ


ピアノやギターをはじめとして、さまざまな楽器を製造する企業としては世界最大規模を誇るヤマハ(株)。MIDIをはじめとしてIT技術との整合性も高い製品開発を行う企業として、ITのビジネス活用にも早期に取りかかり、インターネットおよびそれ以前のパソコン通信の時代から、さまざまなネットプロジェクトを果敢に繰り広げてきた。

またWebにおいても、アニメーション利用の多かった時代にFlashをトップナビゲーションのインターフェイスに採用。新しい技術や新時代のトレンドをWebデザインに取り込むことにも積極的であり、Web制作業界でもつねに先導的なサイトとして注目を集め続けている。

情報提供型コンテンツだけでなく、ユーザーおよび一般消費者とのタッチポイントとしてコミュニケーション系コンテンツやEコマースサイトまで、幅広いコンテンツ運営で成長を続けるヤマハのWebサイト。それを統括するのが、2006年5月にメディア総合戦略推進室と複数のWeb関連部署を統合し、新たに始動したeヤマハ室である。今回はメディア総合戦略推進室時代から室長を務める長谷川豊氏に、現在にいたるヤマハのWebビジネス展開と今後の戦略についてお話をうかがった。

文=仲町六朗 撮影=橘田龍馬



1 テクノロジードリブンの時代から
ブランド戦略へ


Web STRATEGY(以下、WS) ヤマハのWebサイトは、企業サイトとしてつねに高評価を得ていますが、まずはそのWebサイトの立ち上がりから現在に至る経緯をお聞かせください。

長谷川氏 実は当初はWebサイトを公開することが主たる目的ではなかったんです。ヤマハのオフィシャルサイトが正式に運用開始したのは1996年5月です。このとき同時にホームページ上でMIDIファイルを再生するためのNetscape用プラグイン「MIDPLUG」β版を発表したんですが、社内的にはこのプラグインの開発・公開というプロジェクトが大きな意味をもっていました。そしてこのプラグインを無償配布するための手段としてホームページを開設する。それがオフィシャルページ公開のきっかけといえますね。

WS MIDPLUGは、その年のマルチメディアグランプリ'96ネットワーク部門の特別賞を受賞されていますね。

長谷川氏 当時はまだホームページ上でオーディオ再生するには専用ソフトが必要で、しかもデータサイズも大きく音質もつらいものでした。そこにCDクオリティでMIDIを再生できるソフトシンセサイザー組込型のプラグインが無償配布されるとあって、Web業界的にも非常に関心が高かったんです。また、すでに多くいたMIDIユーザーはパソコン通信やインターネットといったITテクノロジーにも親和性が高く、やはりMIDPLUGに対しては高評価をいただいたと思います。MIDPLUGを利用すれば、自分で制作したMIDIデータをインターネットで公開できるという点に関心が高かったというのもありますが、肝としてはヤマハのオリジナリティでもあるソフトウェア音源を無償公開したということが画期的でもあったのです。もちろん音源の公開ということに対しては、社内的にもさまざまな意見がありましたが、最終的には開発した技術をインターネットという場で公開し、それによって何が起こるのかといった挑戦にこそ価値があるという判断だったわけで、その意味でもMIDPLUGはβ版として配布したんです。

WS 初期のWeb戦略は、開発技術とそれによる新たなビジネスモデルの模索といったものだったということでしょうか。

長谷川氏 当時はWeb業界全体で新たな技術が次々に生み出されて実験されていた時代でした。ヤマハでもMIDPLUGの公開の翌年には、坂本龍一さんによるMIDIライブをインターネット上で公開するといったプロジェクトも行っています。ヤマハが開発した技術によって、どんなサービスが展開できるのか、お客様とどんなタッチポイントが図れるのかといったことを探っていたともいえます。その意味では、初期はテクノロジードリブンの時代だったといえますね。

WS その後、オフィシャルサイトとしてのWebサイト構築に変化していったのはいつごろからでしょうか

長谷川氏 MIDPLUGやMIDIライブといった技術的要素の強いプロジェクトによって100万PVをたたき出すなどヤマハWebサイトへのユーザーの関心も高かったのですが、その後はやはり企業としての商品・サービス情報などの発信も求められるようになりました。そこで次第にコンテンツ充実期へと移行していくわけですが、それが2000年ごろからだと思います。当初はやはり電子楽器やルーターといったITと整合性の高い情報がメインで、ピアノやギターなどいわゆるトラディショナルな楽器情報などは強く訴求するものではありませんでしたが、すでにWebはメディアであるという認識はもっていました。

そこで21世紀に入ってR&D部門としてメディア総合戦略室を立ち上げ、インターネットや携帯電話といった新しいメディアをどう活用するか研究開発をすることとなったわけです。

WS そのメディア総合戦略室を経て、現在はeヤマハ室となっているわけですね

長谷川氏 新しいメディアのビジネス的な活用のほかに、オフィシャルメディアとしてブランディングも重要なマターです。オフィシャルサイトに含まれる各コンテンツは、基本的には各事業部によって企画・制作されますが、そこには一環したブランド戦略も必要です。もちろんR&D部門としての研究成果を基にした情報もあり、それを既存事業、新規事業いずれに対しても情報提供し、新たなビジネス展開に関して各事業部と情報交換し、成果へとつなげる必要がある。つまり従来のR&D部門としてのメディア総合戦略室と、グローバルも含めた、Webを通したブランディング戦略を統合したのがeヤマハ室なのです。

ヤマハ・オフィシャルサイトの構造
■ヤマハ・オフィシャルサイトの構造
上部にブランディングエリアを配したトップページ配下に、「製品を探す」(製品情報)「ヤマハで習う・学ぶ」(音楽教育サービス)「音・音楽を愉しむ」(イベント、コミュニケーションコンテンツ)「ヤマハについて知る」(企業情報)が統一的なデザインイメージで並ぶ(www.yamaha.co.jp/


2 音楽をキーワードとして
ユーザーとのタッチポイントを探る


WS 音楽教室をはじめとして、ヤマハでは古くからエンドユーザーとの接点を重視していますが、Web戦略でもそれは重要なポイントととらえているのでしょうか

長谷川氏 ひとつには楽器メーカーとして商品への需要を掘り起こすことはビジネス的に非常に重要な課題です。同時にヤマハの理念として、音楽を通じて文化に貢献したいということがあります。人々に「音楽を愛してほしい」という願いのもと企業活動しています。これは創業以来、ヤマハ社員に連綿と受け継がれたDNAでもあるんです。インターネット以前、つまり戦後から1980年代にかけては、家庭にも音楽教育を取り入れるという観点での音楽教室によって、理念の訴求および需要喚起をずっとやり続けている。同時に音楽をより愉しみ、音楽でプロになるチャンスを提供するためのポプコンのようなイベントを手がけてきました。もちろんこれらリアルなプロジェクトは今後も続くわけですが、90年代に入りインターネットの登場とともにネット時代が訪れました。では、ここでどんなことができるのか? それに対する回答というか、まず仕掛けたのが音楽ポータルでした。2000年当初は、音楽ポータル的なものといえばYahoo!ミュージックのようなCDやアーティスト情報を検索できるものしかなかった。そこでもっと幅広い視点で「音楽好きな人がコミュニケーションできる」ポータルをつくろうじゃないか、ということで「MUSIC eCLUB(ミュージックイークラブ)」や「プレイヤーズ王国」が生まれたんです。

WS プレイヤーズ王国は、アマチュアによるコピー曲の発表の場を提供するなどかなりチャレンジしているコンテンツですね

長谷川氏 実際にバンドを組んだり音楽を愉しんでいる人たちは、オリジナル曲もありますが、やはりコピー曲を愉しんでいることが多い。通常はそれを個人や身近な人たちと愉しむだけですが、全国レベルに広げるにはインターネットは最適な手段です。もちろん著作権の問題がありますから、その部分は運営側でJASRACと協議してクリアしておき、プレイヤーズ王国のユーザーは特にめんどうな手続きなしに、純粋に音楽を楽しめる。プレイヤーズ王国には、インターネットコンテンツとして成長を期待していましたね。ただ、公開してすぐに大きなムーブメントになるとは考えていませんでした。実際、3年くらいかけて徐々に成長したという感じです。というのも、実際に作品を投稿するユーザーだけでなく、作品を聴くオーディエンスの存在も必要だと考えていたからです。たとえば作品が1という割合であれば、オーディエンスは10といった比率があるんじゃないかと思います。

WS 実際の音楽市場と同様に、アマチュア市場にも作品提供者とオーディエンスが存在するわけですね

長谷川氏 そうです。プレイヤーズ王国も公開初期は、あくまでもアクティブなユーザーさん同士で作品の投稿とオーディエンスを兼ねていました。しかし、投稿作品が1万曲を超えるあたりからパッシブユーザーも増え始め、現在ではパッシブユーザーが盛んに作品を探して聴く状況にまで成長しています。実際、プレイヤーズ王国に関してはそれほどプロモーションも行っていないんです。それでも、口コミ的な広がりでここまで成長した。口コミによる広がりは想定していたのですが、その成長速度はインターネットならではの現象だと思います。

WS ビジネスという観点では、こういったコンテンツ提供が需要喚起につながると想定しているのですね

長谷川氏 もちろんです。ただ、それはヤマハが意図的につくり出したものではなく、あくまでもユーザー側からのムーブメントであるということが重要です。ヤマハにおけるWebコンテンツとしては、ブランディングの訴求も大きな役割としてあります。たとえば「ヤマチョイ」というコンテンツがあります。これはいちヤマハファンであるミュージシャンがチョイスした、ヤマハのおもしろい点をトピックス的に届ける日刊マガジンのようなものですが、これもあくまでもユーザー視点で編集されています。プレイヤーズ王国でも同様ですが、ヤマハという企業は前面には登場しない。あくまでもユーザー本位として、ヤマハから意図的な編集は行わない。

WS ヤマチョイはブログ形式として、コメントやトラックバックもある。企業コンテンツとしてはリスクも背負っていますね

長谷川氏 もちろんリスクはありますね。ヤマチョイはブログ形式ですから、トラックバックなどによっては競合他社の情報へとつながることもありますが、それがユーザー同士の情報交換であるわけです。プレイヤーズ王国やヤマチョイといったコンテンツやサービス自体がラボと考えているんです。しかも、ヤマハが一方的に研究するラボではなく、エンドユーザーとコミュニケーションしながら新しいサービスを創造していこうという試みなんです。私としては「もっとも優れた先生はお客さまである」と考えています。ですからネガティブなご意見も真摯に受け止め、より良い回答を提供していくことが大事だと。つねに目指すべきところはベストですが、お客様の意見を聞き、ベターなものを提供し続けることが重要だと思います。そして、それが需要の掘り起こしにつながる。実際、プレイヤーズ王国のパッシブユーザーの中には昔を思い出して、楽器をもう一度練習して作品を投稿するユーザーになっていく方も多いのです。また、登録ユーザー向けに実施したアンケートでは、「最近楽器を買いましたか?」という問いに「はい」という回答が27%もあり、確実に需要喚起につながっていると実感しています。

ブランディングコンテンツ
ブランディングコンテンツ
ブランディングコンテンツ
■ブランディングコンテンツ
企業情報コーナーでは「ヤマハの歴史」などブランディングを意識したコンテンツも掲載。特に優れたプロダクトデザインを生み出してきたヤマハならではのコンテンツとして、「ヤマハの技術」「ヤマハのデザイン」は読み物としても興味深い。ヤマハファンを醸成するコンテンツとして、デザイン・企画ともに練り上げられている


3 音楽をベースとした
トータルサービスへ


WS 現時点でのビジネスにおけるWebの位置づけはどういうものとお考えでしょう

長谷川氏 従来の楽器市場のビジネスモデルでは、ヤマハはあくまでもメーカーであり、実際にエンドユーザーと接触するのは販売店でしたが、インターネットが普及した現在、ユーザーはWebを通じて直接ヤマハに情報やサービスを求めてくる。そのため販売店で得られる情報も含めて、すべてをヤマハのWebサイトでもケアする必要があると考えています。ただし、楽器という商品はネットではなく、やはり実際にモノを触って音を確かめて購入するもの。したがって、販売店へと足を運んでもらうために、楽器購入のモチベーションを喚起するような情報も提供しなければならない。これはブランディングも含めて、ヤマハのファンを醸成し、販売店へとつなげる役目がオフィシャルサイトにはあるということです。楽器をはじめとしたハードウエアがヤマハが製造する商品です。これに対して、Webコンテンツなどのソフトウエアで需要の掘り起こしを行う。両者はネットワークを通じて、お互いに連携し合ってひとつのサービスを形成する。これがWebを活用したヤマハのビジネスモデルといえるでしょう(下図)。

ヤマハのビジネスモデル
■ヤマハのビジネスモデル
ヤマハでは主力商品である楽器を中心としてさまざまなハードウエアを開発・製造している。これに対して、Webサイトではソフトウエアとして、ユーザーが必要とする基本情報から、ユーザーの購買動機につながるエモーショナルなコンテンツを展開。実際、ヤマハ製品以外にもさまざまなハードがあり、ユーザーはソフトを利用するためのプラットフォームとしてハードを利用。さらにハードをより使いこなすためにソフトを活用するというサイクルが存在する。ヤマハのビジネスとして考えれば、ハードウエアを購入したユーザーは、ヤマハのWebサイト上でユーザー同士でコミュニケーションできるなどシナジー効果を生み出す。ハードウエアとソフトウエアを有機的につなげることでヤマハのトータルサービスが実現されるのである。


WS 多種多様な商品情報提供やサポートなども含めたWeb展開ではその管理もたいへんだと思いますが

長谷川氏 過去においては各商品事業部ごとにコンテンツの制作管理を行っていたのですが、ユーザー視点でのナビゲーションの一貫性やブランディングの統一といった必要性から、数年かけてワークフローの標準化を行ってきました。Web制作関連のガイドラインに関してもすでに3年前から着手しており、外部の制作会社も含めてWebコンテンツとしてのクオリティを同等にしようしています。コンテンツ管理もDB化を進めて、情報リソースは一元的に管理できるように目指しています。こういった施策はeヤマハ室が先導して行います。したがって、eヤマハ室は全社部門として、各商品事業部とも横断的に情報交換を行っています。

WS 最後に今後近い将来においてのWeb戦略をお聞かせください

長谷川氏 現在「ヤマハオンラインメンバー」に登録いただくと、メルマガを購読したり、製品ユーザー登録、あるいはデータ購入など多様なサービスがワンストップで利用できるようになっています。今後はそれを基盤としてより利便性の高いオンラインサービスを展開していきます。各コンテンツ・サービスを有機的に連動して、ユーザーはどのコンテンツを見ていてもほかの有益な情報へアクセスできるような導線を導入していきたいと考えています。つまり音楽というキーワードをベースとしたトータルサービスをWebでも実現しようということです。また、運用においては情報セキュリティの確保が全社的な課題として最優先しています。ただ、利便性とのバランスが重要だとは考えています。アジャイルなシステムがWebの良さでもありますが、緩すぎるのも問題。運用ワークフローとしては標準化を進めるなどのレギュレーションとのバランスが重要です。Webはすでにビジネスそのものであり、販売プロセスにしっかりと組み込まれています。Webサイトで情報が得られなければ、ユーザーチョイスから漏れることにもなります。その意味で、Web運用はコストととらえるのではなく投資ととらえるべきでしょう。

■ヤマハの各種インターネットサービス
リアルなイベントに関する情報や音楽をキーとしたライフスタイル情報などで構成される「音・音楽を愉しむ」コーナーには各種インターネットサービスへのインデックスも掲載。オンラインミュージックストア「MySound」やヤマハオンラインメンバーポータルとなる「Music e Club」などを統括するコーナー
リアルなイベントに関する情報や音楽をキーとしたライフスタイル情報などで構成される「音・音楽を愉しむ」コーナーには各種インターネットサービスへのインデックスも掲載。オンラインミュージックストア「MySound」やヤマハオンラインメンバーポータルとなる「Music e Club」などを統括するコーナー

音楽ポータルサイト「MUSIC eCLUB(ミュージックイークラブ)」は、音楽を愉しみたい人のための各種サービスを集結したサイト。それまでコンテンツごとのメンバー運用であったものを、シングルサインオンですべてが利用できるようにユーザーの利便性を向上。現在「ヤマハオンラインメンバー」は、60万人規模にまで成長している
音楽ポータルサイト「MUSIC eCLUB(ミュージックイークラブ)」は、音楽を愉しみたい人のための各種サービスを集結したサイト。それまでコンテンツごとのメンバー運用であったものを、シングルサインオンですべてが利用できるようにユーザーの利便性を向上。現在「ヤマハオンラインメンバー」は、60万人規模にまで成長している

会員が自分で演奏・収録した音楽作品を投稿できる音楽コミュニティが「プレイヤーズ王国」。著作権処理は運営側であるヤマハが一手に引き受けるため、ユーザーはコピー曲の演奏なども自由に投稿できる。オーディエンスによるランキングもあるが、うまい下手にかかわらず、だれでもが参加できるコミュニティ
会員が自分で演奏・収録した音楽作品を投稿できる音楽コミュニティが「プレイヤーズ王国」。著作権処理は運営側であるヤマハが一手に引き受けるため、ユーザーはコピー曲の演奏なども自由に投稿できる。オーディエンスによるランキングもあるが、うまい下手にかかわらず、だれでもが参加できるコミュニティ


役職、部署名、取材内容等は取材当時のものです。


本記事は『Web STRATEGY』2007年3-4 vol.8からの転載です
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